「じゃあ、それ食べたら声かけて」

その空気を読まずに笠木さんはそう言うと、離れていった。

「笠木の野郎、絶対許さない。あいつのせいで、えんがどんどん不良の道に進む」

瑞希ちゃんは笠木さんが行ったほうを睨む。

「違いますよ」

私が否定すると、瑞希ちゃんは笠木さんを睨んだままの目で私を見た。思わずびくついてしまった。

「……私は、笠木さんにいろいろな世界を見せてもらっています。今までは、家と学校と……を行き来するだけの生活でした」

社交パーティーのことは言えず、妙な日本語になってしまった。

「閉じた生活でしたので、転校してから新しいことばかりなのです。それは笠木さんだけではありません。瑞希ちゃんも、由依ちゃんも、私にいろいろ教えてくださいました」

二人は顔を合わせる。私の言っていることが伝わっていないのか、首を傾げている。

「私たち、円香ちゃんに何もしてないよ?」
「私と、友達になってくださいました。今こうして、遊んでくれています。私のために怒ってくれます」

怒られたことは何度もあるが、上から押さえつけるようなものではない怒られ方は、初めてだった。

「全部普通のことだけど」

その普通のことが、私にとっては普通ではない。

瑞希ちゃんはジュースを一気に飲み干した。

「でも、そういうことなら、笠木がえんに見せてる世界は、悪い世界ってことにならない?」

何も言い返せない。

私だって、ルールを破ってはいけないことは、わかる。だから、髪を染めたことは反省した。

でも、アルバイトは違うような気がする。

働く経験をしておくことで、将来役に立つのではないかと思う。

「どうしても、今やらないといけないの?」

私に校則違反をさせたくないのか、由依ちゃんが再度確認してきた。

「……うちは、アルバイトも許されないような家庭で……大学生になってもできるかどうか……」

それをきっかけに、私たちは黙ってケーキを食べた。楽しく過ごすはずだったのに、重い空気を作り出していた。

「終わるまで待ってるから、頑張ってきなよ」

私が食べ終えると、由依ちゃんがそう言った。

「え……」
「円香ちゃんに校則違反なんてさせたくないけど、卒業してもアルバイトできないんでしょ?」

戸惑いながら頷く。

「絶対にしなきゃいけないものだとは思わないけど……でも、今しかできないなら、私たちは黙っておく。ね、瑞希」

瑞希ちゃんはまだ納得していないのか、目を合わせてくれない。だけど、瑞希ちゃんのご機嫌取りをしている場合ではない。

「由依ちゃん、ありがとうございます」

私は由依ちゃんの笑顔に送り出され、笠木さんを探す。