わかっているが……

「私は、知らないことに興味があるのです。やってみたいのです」

フォークはケーキを乗せたまま皿に戻る。

髪を染めることも、友達と遊ぶことも、ラーメンを食べることも。

どれも、今まで通りの生活を送っていたら、できないことだ。

それと同じように、アルバイトをしてみたい。ただそれだけだ。

「だとしても、だよ。今は我慢するときだと思うよ。決められたルールの中で、できることをする。当たり前のことじゃん」

たしかに瑞希ちゃんの言う通り、当たり前のことだ。

だが高校を卒業すると、私には自由はなくなる。

髪を染めることはもちろんできない。こうして瑞希ちゃんと由依ちゃんと遊ぶことも、どこかに料理を食べに行くことも、叶わなくなる。

アルバイトをするなら、今しかないのだ。

「お嬢様」

自分の気持ちを堪え、膝の上の拳を握っていたら、笠木さんの声が近くでした。

顔を上げると、目の前に笠木さんが立っていた。

「半日だけ、体験アルバイトをするのはどうだ?それなら、俺たちが余計なことを言わない限り、知られることはない」

その提案を聞き、瑞希ちゃんと由依ちゃんの顔を交互に見る。

それでも二人は納得していない。

「なんで笠木は、えんを悪の道に進めようとするの。大学生になるまで、一年半の辛抱なんだよ?」

笠木さんは答えない。

「円香ちゃん、どうしてアルバイトしたいの?」

やってみたいということ以外の理由がない。

答えようがなくて、私も黙ってしまう。

「お嬢様。他人の意見に振り回されるな。お嬢様は、どうしたい」

笠木さんの目を真っ直ぐ見つめる。思わず頼ってしまいたくなるほど、強い視線だ。

今までなら、というより、あの家なら、私の意思はないようなもので。好きなようにしてもいいと言われたのは、初めてに近い。

私が意見を持つことを、自由に行動することを許されたような気がした。

「半日でもいいです。私は、アルバイトをしたい」

笠木さんが満足そうに笑う一方で、瑞希ちゃんは不満そうにフルーツタルトを食べきる。

由依ちゃんは、飲み物の揺れる水面を見つめているのだろうか。俯いていて、感情が読み取れない。

二人の思いを無下にした罪悪感が込み上げてくる。