「だろうな」

笠木さんは間を開けずに言った。

「わかっていたのですか……?」
「あー……まあ、な」

笠木さんは目を泳がせる。理由を言うには、私の家の事情に触れてしまうから言えない、ということだろう。

「ていうか、私の質問に答えてくれない?」

私と笠木さんの間に立っている瑞希ちゃんは、笠木さんを睨んでいる。

「見たらわかるだろ。バイトしてんだよ」

言われてみると、白いシャツに黒い腰エプロンはほかの店員さんと同じ格好だ。

「校則違……」

笠木さんは瑞希ちゃんの口を塞ぐ。

途中までしか聞き取れなかったけれど、瑞希ちゃんが言おうとしたことはなんとなくわかる。

校則違反と周りに知られてしまうのは、都合が悪いだろう。だから、口を塞いだ。

少しすると、笠木さんは瑞希ちゃんから手を離す。

「金が必要なんだから、仕方ないだろ。バレないように遠くにしたってのに、なんでお前らここに?」

笠木さんはため息混じりに言った。私たちは揃って由依ちゃんの顔を見る。

「ここ、最近話題になってるから……私たち以外の生徒が来る可能性、あるかもしれない……」

由依ちゃんは怯えながら笠木さんに教えた。笠木さんが大きく息を吐くと、由依ちゃんは肩をびくつかせる。

「……めんどくせえ」

楽しかった空気が緊張に切り替わっていくのがわかる。

「辞めなきゃいけねーのかよ……給料いいのに」

それは独り言だったけど、吐き捨て方が少し怖く、私も由依ちゃんと同じように恐怖を感じた。

「玲生、出入り口で何してるの。はやくお客様案内しなさい」

すると、緊迫した空気を壊すように、店内から女性の声がした。

「……三名様ですね。お好きな席へどうぞ」

注意されてスイッチが切り替わった笠木さんは、全く知らない人に見えた。

やっとお店の中に入ると、空いている席に座った。

「話題っていうわりには空いてない?」

瑞希ちゃんは疑いの目を由依ちゃんに向ける。

「話題になり始めたばかりだからじゃない?」

曖昧な説明で、瑞希ちゃんは全く納得していない。

「ここに来てくれるお客様はだいたい玲生めあてなんですよ」

その声は、出入り口で笠木さんを呼んだ声と同じだった。お水とメニュー表を持ってきてくれた。

「笠木?どうしてですか?」

瑞希ちゃんがメニュー表を受け取りながら尋ねた。

「玲生の知り合いがよく来てくれて、常連さんが増えたんですよ」

店員さんはそれだけを言うと、仕事に戻った。

私たちは静かに顔を見合わせる。

「学校で笠木に会いに来る人、いるっけ」