「えんは何ラーメンが好き?」
「食べたことがないので、わからないです……」

瑞希ちゃんが急に立ち止まったことで、私は瑞希ちゃんの背中にぶつかる。

「ラーメン、食べたことないの!?」

顔を近付けてきたから、思わずのけぞる。背中を反ったまま数歩後ろに下がった。

「存在は知っていますよ?ただ、食卓に並んだことがないだけで」
「それを食べたことがないって言うんです」

瑞希ちゃんは抑揚なしに、真顔で言ってきた。

「もう、円香ちゃんが困ってるでしょ」

由依ちゃんが間に入ったことで、瑞希ちゃんは不服そうに離れていく。そして瑞希ちゃんは右手を顎に当てた。

「さっぱり系とこってり系、どっちが好き?」

そう言われても、やはり食べたことがないもので好みの味を伝えるのは不可能に近い。

私は答えに迷い、結局黙ってしまった。

「好みがわかんないかあ……」

瑞希ちゃんは手を当てたまま体の向きを変え、歩き始めた。私と由依ちゃんはその背中を追う。

「円香ちゃん、本当にラーメンでいいの?」

私が答えられていないことから、私が瑞希ちゃんに合わせてラーメンを提案したと思われたのだろう。

たしかに何味がいいのかはわからないが、食べてみたいことに変わりはないのだ。

「瑞希ちゃんのおすすめが食べたいと言ったら、怒られるでしょうか……」
「どうだろう。そこまでこだわりはないはずだから、大丈夫だと思うよ」

由依ちゃんは私を慰めるように言ってくれた。

それならば、そうしよう。

とにかく出されたものは食べるように教えられてきたから、自分の好きな味や食べ物がわからない私にとって、そうする以外選択肢はないと思った。

「まあ、円香ちゃんに好きな味を食べてほしいって思ってるだろうから、ダメって言われるかもね」

上げて落とすというのはこういうことか。

由依ちゃんはいたずらっぽく笑っている。私は面白くなくて不貞腐れたように顔を背ける。

「……自分の好みを考えたことがないので、わからないのです」
「ご、ごめん、責めるつもりじゃ……」

由依ちゃんが慌てて謝った。

「でも、なんでもおいしく食べれることは、いいことだと思うけどな」

好みがないことは自分がないことだと思っていたが、由依ちゃんのそれを聞いて、悪いことではないと感じた。

「それに、好きな味なんてこれから見つけていったらいいよ。ね?」

由依ちゃんの笑顔を見ると、不思議と安心した。

そうこうするうちに瑞希ちゃんが行きたいというラーメン店に着いた。

席に座ると、店員がお水とおしぼりを人数分持ってきてくれた。