「あ……」

落ちた毛先を見て、言葉を失う。まだ信じられなくて、しゃがんでそれを拾う。

泣きそうになるのを堪え、お父様を見上げるが、さっきと全く表情が変わっていない。

睨むように見下ろされるのは、想像以上に恐ろしかった。

「もしまた小野寺の名前を落とすようなことをしたら、そのときは転校させる」

お父様は柳にハサミを渡し、その場を離れた。

「あの、お嬢様……」

自分でお父様に報告したことを忘れたのか、柳は動揺した声で私を呼んだ。

「……出て行って」

目に溜まった涙を、落ちてしまう前に拭う。

「しかし……」

どうして引き下がらないのか。

柳はどういうつもりで、何がしたいのだろう。

なんて、今そんなことを考える余裕はない。

「聞こえなかった?出ていきなさいと言ったのよ、柳。今は一人になりたいの」

柳はペン立てにハサミを戻し、何も言わずに部屋を出た。

厳しいことも、怒られることも、なんとなく予想していた。

まさか、切られるとは。

ここでは私の願望は、この髪のようにことごとく切り落とされていくのだろう。まるで、籠に閉じ込められているようだ。

私には、自由がない。

お父様の言うことに従うことが最善だとわかっている。だが、本当にそれでいいのだろうか。

私はそれが窮屈で、嫌なのだ。

なにより、やりたいと我慢していては、笠木さんにまたつまらないと言われてしまう。

私は、変わりたい。

今回はたしかにやりすぎた。
反省するが、後悔はしていない。

次は誰にも怒られないように……

「……そんなもの、ない……」

冷静に考えて、どれもお父様が許してくれるとは思えないことばかりだ。
今日みたく怒られるだろう。

本当に、早くこの家から出たい。

そんなことを思いながら、私はスマホを手にした。

日曜日、由依ちゃんたちと遊びに行くことになっていたけれど、髪を切られたために断ろうとした。

『髪を切ってしまったので、日曜日は遊べません』

文章にするととても冷たいように感じる。

震える指先でグループチャットにメッセージを送った。

『赤髪を見るのはおまけなんだけど』
『私たちは円香ちゃんと遊びたいだけだよー』

二人から返事をもらって、画面が滲んでいく。涙が画面に落ちた。

遊ぶ約束をしたの理由は、私が髪を染めたところを見るためだけだと思っていた。そんなの関係なく、二人は私と遊びたいと思ってくれていたらしい。

『日曜日、楽しみにしてるね』

私も、楽しみだ。