笠木さんは無言で歩く。

「……赤」

と思ったら、聞き逃してしまいそうなくらいの小声で言った。

「赤、ですか?」

どうして赤色なのかわからず、聞き返した。

「俺がお嬢様を知ったきっかけの色だから」

笠木さんと私が知り合ったのは学校で、赤色なんてなかったはずだ。どこで赤色のイメージを抱いたのだろう。

いや、違う。笠木さんは、もっと前から私のことを知っていたのでは?

そうでなくては、初対面で私をお嬢様と呼ぶはずがない。

「笠木さん、私を知ったきっかけというのは、どういう……」

質問の途中で、笠木さんが私の唇に人差し指を当てた。

「店に着いたから、その話はまた今度な」

笠木さんはお店の中に入っていく。置いていかれないよう、急いで中に入る。

「玲生じゃん、久しぶりだね。また染め直し?」

ここは笠木さんの行きつけらしく、女性美容師さんが笠木さんに声をかけた。

「いや、今日は違う。この子の髪を染めてほしいんだ」

知らない場所で緊張して笠木さんの背中に隠れていたのに、笠木さんが横にずれてしまった。

「これはまた可愛い子を連れてきたね。綺麗な黒髪なのに、染めるの?もったいないなあ」

彼女はじっくりと私の髪を見つめる。

「毛先だけだよ。月曜にはすぐ切る予定」

人見知りなんてしている場合ではないという環境にいたはずなのに、緊張して会話ができない。笠木さんが会話を続けてくれているのが、申しわけない。

「ふむふむ。それで、何色にしますか?」

美容師さんは私の目を見て質問してくる。

「……赤で、お願いします」

戸惑いを見せながらも、自分で答えなければと言い聞かせて伝える。

「明るめ?暗め?」

そこまで考えていなくて、目で笠木さんに助けてしまった。

笠木さんはため息をついた。

自分でやりたいと言っておきながら、他人任せにしておけば、それは嫌にもなる。

似合わないことは言うべきではなかった。

「彼女に似合うほうで」

それでも笠木さんは美容師さんの質問に答えてくれた。内容としては、相手に丸投げのような気がするが。

「うーん……それだと、赤っていうよりピンクのほうがいいと思うんだけど。こう、柔らかい感じで」

美容師さんは雑誌を取りだし、ページを開く。

そこは赤系の色のサンプルだった。たしかに、赤よりもピンクのほうが可愛い。

それでも、私は。

「……赤が、いいです」

ピンクも捨て難いけど、やっぱり笠木さんが選んでくれたから。

「可愛い顔するねー。了解。それじゃあ、ここに名前書いて。……よし。では、こちらへどうぞ」

荷物を笠木さんに預け、案内された席に座る。

「小野寺さんは、玲生が好き?」