私が引かないからか、笠木さんは眉をひそめた。
困らせてしまったのは申しわけないけれど、これだけは譲れない。
笠木さんと出会わなければ、笠木さんに厳しく言われなければ、私は変われずにいた。変わったのは、ここに来たからだけではないのだ。
「……まあいいや。色は、一週間ゆっくり考えるといい。じゃあな」
「はい、また明日」
去っていく笠木さんの背中に手を振る。
笠木さんの姿が見えなくなると、急に全身の力が抜けていくような感覚があった。
また明日と言えることが、これほど幸せなことだと思わなかった。それに、笠木さんと話せたことを思い返すと、暖かい気持ちになって、顔がにやけてしまった。
◇
「おかえりなさい、お嬢様」
家に帰ると、奈子さんが出迎えてくれた。
「ただいま、奈子さん」
奈子さんがカバンを受け取ってくれるけど、奈子さんは私の顔を見つめてくる。
「お嬢様、なにかいいことありました?」
「……どうして?」
動揺が隠しきれていないように思うけど、一応聞いてみる。
「頬が緩んでますよ」
奈子さんは私の頬に触れた。
落ち着かせて帰ってきたはずなのに、気付かれてしまって両手を頬に当てる。
「私、そんなにわかりやすい……?」
「まあ、そうですね。気付かれたらいけないのですか?」
いけないと言われると、そうかもしれない。
奈子さんなら話しても大丈夫だろうと思って、耳打ちする。
「好きな人ができたの」
奈子さんは目を見開いている。
はっきりと言葉にして、顔が熱くなっていく。
「同じ学校の方、ですよね……?」
その一言で熱が引いていく。
私たちは無言で見つめ合う。
「やっぱり、ダメよね……」
私はきっと、お父様が決めた相手と結婚させられる。好きな人ができても、虚しいだけ。
そんなこと、嫌というほどわかっている。
そういう世界が嫌で、逃げ出したのに、瞬間的に戻されてしまった。
「……安心して。その方と関係を進めることはないから」
それは冷たい声だった。感情を押し殺さなければ、こんなことは言えない。
靴を脱ぎ、奈子さんに持ってもらっていたカバンを奪い取るように受け取り、自室に向かうために足早になった。
「お嬢様!」
後ろから奈子さんの声が聞こえてくるけど、立ち止まらなかった。
乱暴にドアが閉まる。床にカバンを落とし、ベッドにうつ伏せになった。
楽しかった気分は消え去ってしまった。
困らせてしまったのは申しわけないけれど、これだけは譲れない。
笠木さんと出会わなければ、笠木さんに厳しく言われなければ、私は変われずにいた。変わったのは、ここに来たからだけではないのだ。
「……まあいいや。色は、一週間ゆっくり考えるといい。じゃあな」
「はい、また明日」
去っていく笠木さんの背中に手を振る。
笠木さんの姿が見えなくなると、急に全身の力が抜けていくような感覚があった。
また明日と言えることが、これほど幸せなことだと思わなかった。それに、笠木さんと話せたことを思い返すと、暖かい気持ちになって、顔がにやけてしまった。
◇
「おかえりなさい、お嬢様」
家に帰ると、奈子さんが出迎えてくれた。
「ただいま、奈子さん」
奈子さんがカバンを受け取ってくれるけど、奈子さんは私の顔を見つめてくる。
「お嬢様、なにかいいことありました?」
「……どうして?」
動揺が隠しきれていないように思うけど、一応聞いてみる。
「頬が緩んでますよ」
奈子さんは私の頬に触れた。
落ち着かせて帰ってきたはずなのに、気付かれてしまって両手を頬に当てる。
「私、そんなにわかりやすい……?」
「まあ、そうですね。気付かれたらいけないのですか?」
いけないと言われると、そうかもしれない。
奈子さんなら話しても大丈夫だろうと思って、耳打ちする。
「好きな人ができたの」
奈子さんは目を見開いている。
はっきりと言葉にして、顔が熱くなっていく。
「同じ学校の方、ですよね……?」
その一言で熱が引いていく。
私たちは無言で見つめ合う。
「やっぱり、ダメよね……」
私はきっと、お父様が決めた相手と結婚させられる。好きな人ができても、虚しいだけ。
そんなこと、嫌というほどわかっている。
そういう世界が嫌で、逃げ出したのに、瞬間的に戻されてしまった。
「……安心して。その方と関係を進めることはないから」
それは冷たい声だった。感情を押し殺さなければ、こんなことは言えない。
靴を脱ぎ、奈子さんに持ってもらっていたカバンを奪い取るように受け取り、自室に向かうために足早になった。
「お嬢様!」
後ろから奈子さんの声が聞こえてくるけど、立ち止まらなかった。
乱暴にドアが閉まる。床にカバンを落とし、ベッドにうつ伏せになった。
楽しかった気分は消え去ってしまった。