私が引かないからか、笠木さんは眉をひそめた。

困らせてしまったのは申しわけないけれど、これだけは譲れない。

笠木さんと出会わなければ、笠木さんに厳しく言われなければ、私は変われずにいた。変わったのは、ここに来たからだけではないのだ。

「……まあいいや。色は、一週間ゆっくり考えるといい。じゃあな」
「はい、また明日」

去っていく笠木さんの背中に手を振る。

笠木さんの姿が見えなくなると、急に全身の力が抜けていくような感覚があった。

また明日と言えることが、これほど幸せなことだと思わなかった。それに、笠木さんと話せたことを思い返すと、暖かい気持ちになって、顔がにやけてしまった。



「おかえりなさい、お嬢様」

家に帰ると、奈子さんが出迎えてくれた。

「ただいま、奈子さん」

奈子さんがカバンを受け取ってくれるけど、奈子さんは私の顔を見つめてくる。

「お嬢様、なにかいいことありました?」
「……どうして?」

動揺が隠しきれていないように思うけど、一応聞いてみる。

「頬が緩んでますよ」

奈子さんは私の頬に触れた。

落ち着かせて帰ってきたはずなのに、気付かれてしまって両手を頬に当てる。

「私、そんなにわかりやすい……?」
「まあ、そうですね。気付かれたらいけないのですか?」

いけないと言われると、そうかもしれない。

奈子さんなら話しても大丈夫だろうと思って、耳打ちする。

「好きな人ができたの」

奈子さんは目を見開いている。

はっきりと言葉にして、顔が熱くなっていく。

「同じ学校の方、ですよね……?」

その一言で熱が引いていく。

私たちは無言で見つめ合う。

「やっぱり、ダメよね……」

私はきっと、お父様が決めた相手と結婚させられる。好きな人ができても、虚しいだけ。

そんなこと、嫌というほどわかっている。

そういう世界が嫌で、逃げ出したのに、瞬間的に戻されてしまった。

「……安心して。その方と関係を進めることはないから」

それは冷たい声だった。感情を押し殺さなければ、こんなことは言えない。

靴を脱ぎ、奈子さんに持ってもらっていたカバンを奪い取るように受け取り、自室に向かうために足早になった。

「お嬢様!」

後ろから奈子さんの声が聞こえてくるけど、立ち止まらなかった。

乱暴にドアが閉まる。床にカバンを落とし、ベッドにうつ伏せになった。

楽しかった気分は消え去ってしまった。