「校則違反だけじゃない。家も厳しいだろ」

お父様の怒るところが容易に想像できる。

「……わかってます。言ってみただけです」

髪を染めることで笠木さんに近付けるなんて思っていない。ただ、染めてみたいと思っただけだ。

すると、笠木さんはもう一度私の髪に触れた。今度は毛先で、触れられた感覚はないはずなのに、また心音がうるさくなっていく。

「毛先だけ、染めてみるか」
「え……」

やめたほうがいいと説得されたばかりだったから、戸惑ってしまう。

「やりたいことを我慢するのは、好きじゃないからな。お嬢様が本気でやりたいって思ったなら、染めるのもあり」

笠木さんはいい笑顔を見せてくれる。

「今、校則違反だとか、家のこととか言って反対されましたよね……?」

笠木さんの笑顔が固まる。そして私の髪から手を離し、私に背を向けた。

「それは……あれだ。気のせい」

私が笠木さんの正面に移動すると、笠木さんは目を逸らした。笠木さんの周りを一周して目を見ようとするが、全く目が合わない。

「もう、どうして目を合わせてくださらないのです」

頬を膨らませる。

「お嬢様が可愛くて直視できないのですよー」
「な、何を……!」

私が戸惑っているのを見て、笠木さんは笑っている。なんだか笠木さんの策にはまったような気がして、悔しくなる。

「そんなふてくされるなよ」

いじめてきた本人に言われたくない。

ひとしきり笑ったあと、笠木さんは何かを考えるよう、腕を組んだ。

「お嬢様、金曜の放課後は暇か?」
「……ええ」

なぜそんなことを聞かれたのかわからないまま答える。

「お嬢様が怒られるのはできるだけ避けたい。だから、染めるとしたら、週末だけ」

それを聞いて、すぐに納得した。私のことを考えてのことだったらしい。

笠木さんが私のことを考えてくれていると思うと、無駄に舞い上がる。

「何色がいいと思います?」

恥ずかしくて近寄れないとか思っていたのに、今度は自分から近付いてしまった。

笠木さんの顔が目の前にあり、慌てて下がる。

「ご、ごめんなさい……」

私らしくない行動の連続で、穴があったら入りたい気分だ。

「変わったな、お嬢様」

笠木さんは微笑んでいる。

変わったという言葉が嬉しくて、頬が緩む。

「初めて見かけたときより、笑顔が自然だ」

言われてみると、そうかもしれない。由依ちゃんたちと話すときも、前ほどいろいろ考えていないような気がする。

「……笠木さんの、おかげですよ」
「俺の?まさか。お嬢様が自分から殻を破ったんだ。俺は何もしてない」

あのアドバイスは、笠木さんの中では何もしていないうちに入るのかもしれない。

だけど、あのとき笠木さんの言葉がなかったら、私は今も変われていない。

「きっかけを作ってくださったのは、笠木さんです」