その日のうちに退院し、旅行の準備を始めた。

「……母さん、旅行に行く金、あるのか?」

準備しているとき、ふと思った。

俺の入院費、治療費はかなりするはず。父さんがいないうちは、かなり経済状況が厳しいと思う。

「もしあれなら、俺のバイト代……」
「やめてよ、玲生。そんな心配しないで、純粋に楽しみたいの」

旅行カバンに着替えを詰め込んでいる母さんは、頬を膨らませている。

たしかに、楽しいことに水を差すようなことを聞いたかもしれない。

それでも、気になるものは気になる。

「……一泊だけし、県内だもん。そんなにかからないよ」

そんな俺に気付いたのか、母さんは不服そうに、小声で教えてくれた。

「……そっか」

言いたくないことを言わせてしまい、無性に謝りたくなった。でも、絶対に謝ったらいけないように思った。

「楽しい旅行にしような」

母さんは子供のような笑顔を見せた。



翌朝、母さんの運転する車に乗り、予約した旅館に移動する。

運転中の母さんは車内に流れる曲を口ずさんでいる。

楽しそうでよかった。

母さんは、俺が病気になったと、二十歳まで生きられないと知ってから、いつも元気がなかった。

中学生になってからは急に環境が変わったこともあって、母さんに八つ当たりをするようになった。

どうして俺が病気なんだ。こんなに苦しまないといけないんだ。生まれてこなきゃよかった。

相当酷いことを母さんに言ってきた。

そのうち通院生活も慣れてきて、二十歳まで生きられないという現実も受け入れられた。
それでも、母さんに対する態度はあまり改善されなかった。

高校受験をするとき、やっと母さんの言葉を聞いて三年間の言動を反省したけど、後悔するには遅すぎた。

「玲生の人生だもん。玲生が好きなように生きたらいい。ただ、自分を苦しめるようなことはしないでね」

ごめんと謝ることも出来なかった。

それから俺はバイトを始めたり、髪を染めたり、自由に遊んだりと母さんとの時間をないがしろにしていた。

どこまでも親不孝者だ。昨日みたいに母さんに言われないと気付けない。

お嬢様に説教できた立場じゃなかった。

「ちょっと玲生ー?どうしてそんなに暗い顔してるのー」

ちょうど信号で車が停まったらしく、母さんは俺の頬に指を突き刺した。

「……昔の自分がどれだけ愚かだったか思い返してただけ」