俺は、もうすぐ死ぬ。

小学六年のとき、病気が見つかった。そしてすぐ、二十歳まで生きられるか怪しいと言われた。

「残された時間がわずかだからこそ、今できること、やりたいことをやりたいんだ。後悔のない人生にしたい」

黙って涙を零す母さんを見て、自分が悪いことをしているような気分になる。

それでも、ここを譲ってしまうと、俺は一生後悔する。かと言って、母さんに反抗するつもりではない。

「死にたいわけじゃないから、無茶はしないよ。限界が来たら、治療に専念する。……もう少し、だから」

涙を拭うために俺から手を離したはずなのに、その手は拳になり、俺の頭に置かれた。

「もう少しなんて言わないで」

たしかに言葉を間違えた。

「あのね……私も、玲生とやりたいことがあるの。付き合ってくれる?」

涙目で笑う母さんを見て、胸が締め付けられる。

「もちろん」
「本当?」

すると、母さんは子供のように反応した。

「私、玲生と旅行に行きたいなって思ってて」

母さんは楽しそうにスマホの画面を見せてくる。

「お医者さんは行っても大丈夫って。……どう、かな?」

母さんのやりたいことに付き合うと言ったはずなのに、俺が嫌だと言うと思っているのか、恐る恐る聞かれた。

それがなんだかおかしくて、笑みがこぼれる。

「いいじゃん、温泉。行こうよ」

本当に嬉しいのか、久々に母さんの満面の笑みを見た。それを見るだけで、俺も嬉しくなってくる。

それと同時に、もっと母さんと会話をしておけばよかったと思った。

俺がやりたいことをやるだけじゃなく、母さんのことも考えるべきだった。

いや、これから考えればいい。今までずっと好きにやってきたんだ。もう、十分だろう。

「でもね、玲生……学校、休むことになっちゃうけど、大丈夫?」

長期休みまで待てば、とは言えなかった。もし長期休みまでに俺の体調が悪化してしまうと、母さんの望みは叶わない。

「大丈夫だよ。俺が学校を休むのは今に始まったことじゃないし」

限られた時間でやりたいことをやろうとすれば、学校に行っている時間がもったいないと思うようになる。

そうなると、休むしかない。

「……そうだったね」

母さんは俺が病気でよく休むから、という意味で言ったと思ったのか、また表情が暗くなった。

「やりたいことをやるには、学校になんか行ってられないからね」

そう付け足すと、母さんに笑顔が戻った。

「行きたいって言ってたのに、結構休んでない?」

親が笑って言う言葉とは思えない。だけど、俺はそれにつられるように笑った。