「おかえり……て、玲生くん大丈夫?顔色が……」

お嬢様と話して戻ってくると、汐里さんが心配そうに聞いてくる。

平気だと言いたかったが、痩せ我慢をしてもいいことなんかない。

「ちょっと車で休んでくる……」

そして汐里さんから車の鍵を受け取ろうとしたとき。

「玲生くん!」

視界が歪み、地面に手を着いた。

「玲生くん、今日はもう……」

汐里さんは語尾を濁したが、その続きはなんとなくわかる。

もう、帰ろう。

無理をしてでもここにいて、自由な時間を短くするつもりはない。

「……わかった」

俺は汐里さんに支えられながら車に乗った。汐里さんは残っていた売り物を全て持ってきて、車を出発させる。

そのとき、美花と話しているお嬢様が目に入った。

「やべ、お嬢様……」

あれだけ悩んでいたお嬢様を、置いてきてしまった。

「隣にいた人に、小野寺さんに伝言を託けてきた。小野寺さんには申し訳ないけど、私は玲生くんを送り届けるほうを優先する」

汐里さんが俺を優先する理由を知っているからこそ、何も言えなかった。

「さ、着いたよ」

汐里さんがドアを開けてくれ、手を差し出す。それを支えにしてアパートの階段を上っていく。

そして家の中に入った途端、気が緩んだのか、俺は倒れてしまった。



目が覚めると病院のベッドの上で、一日経っていた。

母さんはそばにある丸椅子に座り、ベッドにうつ伏せになっていた。

「……母さん、起きて」

肩を揺すって母さんを起こすと、俺の顔を見るなり、目を潤ませた。酷く安心した顔に、申しわけなさが込み上げてくる。

「玲生……よかった……」

母さんは俺の手を握った。

「本当、よかった……」

一粒の涙が頬に落ちるが、それをすぐに拭った。

「先生、呼んでくるね」

笑顔を見せると、医師を呼びに病室を出た。すぐに先生と戻ってきたが、母さんは飲み物を買いに行ってしまった。

「無理は禁物だって言っていたはずだが?」

検査をしながら、担当医の中條(なかじょう)先生が責めるように言ってきた。

「別に、無理したわけじゃない」
「ならいいけど。あまり周りに心配かけるようなことはするなよ」

その検査が終わり、中條先生と入れ違うように母さんが帰ってきた。

俺に飲み物を渡した母さんは、椅子の上で黙り込んだ。だけど、俺の手を強く握っている。

「ねえ、玲生……そろそろ、治療に集中しない……?玲生のためになると思ってあまり言わないで来たけど……こんなことが続くなら、私の寿命縮んじゃう……」

何も言えなかった。

俺が倒れるのは、今回が初めてではない。
原因もきちんとわかっている。

だからこそ、母さんの気持ちが痛いほど伝わってくる。

だが、俺にだって譲れないものがある。

そっと母さんの手に左手を重ねる。

「……ごめん、母さん。大人しく死ぬときを待つのは嫌なんだ」

母さんは声を殺して涙を流す。