笠木さんの言葉が頭によぎった。

難しく考えなくていい。彼女を見る。

私は少女に視線を合わせるために、地面に膝をつく。

「どういたしまして。鞄、好きなのですか?」
「うん!」

笠木さんに見せていた笑顔を私にも向けてくれて、私まで笑顔になってしまう。

自分から行動する。会話のときは、相手から話しかけられるのを待っていてはいけない。

そして私からも質問をする。そうすることで、会話を続けることができるはずだと思った。

「またたくさん持ってきますね」
「本当?」

少女はますます目を輝かせる。

「はい。そのときはまた、お話してくれますか?」
「もちろん!」

きちんと相手を見て会話をするだけで、こんなにも変わるのか。私は少女とのちょっとした会話がとても嬉しかった。

「お姉ちゃん、お名前は?私は美花」
「小野寺円香です」
「円香ちゃん、またね!」

美花ちゃんは手を振り、帰っていった。

ほんのわずか意識するだけで、誰かと話すことを楽しいと思えるようになった。このことを笠木さんに伝えたくて、私は急いで戻った。

だけど、そこには笠木さんと先生はいなかった。

それだけではない。持ってきた荷物も全てなくなっていた。

「お姉さん、小野寺さん?」

状況が飲み込めずにいたら、隣で出品をしていた女性に声をかけられた。

「そうですが……」
「玲生ちゃんたち、急用ができたから帰っちゃったのよ」

楽しかった気持ちがしぼんでいく。この気持ちを、共有したかったのに。

「お姉さん、大丈夫?」
「……はい、大丈夫です。教えてくださり、ありがとうございました」

軽く会釈をし、その場を離れる。

賑やかな声から少しづつ離れていく。一歩ずつ前に出す足は、いつもより重たい。

せっかく楽しくなりそうだと思ったのに。急用ができたとしても、声をかけてくれるくらいしてくれたらよかったのに。

心に穴が空いたような、胸が苦しいような、笠木さんに腹が立つような。

この感情を抱くのは久しぶりだ。私はその正体が何か知っていて、今までは押さえ込んでいた。

でも、自分の心の声を無視していたら、自分を見失いそうだから。

「寂しいです、笠木さん……」

たとえ小声でも、言葉にしただけで一筋の涙が頬に落ちた。

昔はお父様に対して“寂しい”という感情を見せた。そのたびに忙しいと切り捨てられてきた。

そのうち、私は寂しいと言ってはいけないのだと思うようになった。

寂しいと思えば口にしてしまう。それなら、寂しいと思わなければいい。

幼いながらにそのようなことを思っていた。

だけど、笠木さんに言えば、笠木さんなら、私の寂しさに気付いて、受け止めてくれるのではないかと思った。

私はもっと、笠木さんと過ごしたい。一緒にいたい。

『お嬢様はどうありたい』

私は、笠木さんの隣に立つにふさわしい人になりたい。