笠木さんは私と同じような環境にいないはずなのに。それなのに、どうして断言できるのだろう。

「子供がその世界に戻るわけじゃない。お嬢様自信にも、権力が生まれる。汚い大人はそれを狙ってくると思わないか?」

思う。

しかしまるで、全てを知っているかのような言葉。笠木さんは、何者なのだろう。

「……なんとなく、わかってんじゃねーの?今の自分じゃ、潰されるって」

何も言い返せなかった。笠木さんが何者なのかは置いておいて、今の私には、周りを黙らせるような力などない。

「では私は、どうすればいいのですか……」

あまりに答えが見えなくて、泣きそうな声になっていた。

「変わるしかねーよ。受け身になるな。自分から行動しろ。こうありたいと思う姿を目標として、やるべきことをやれ」

自分で考えろ、と突き放すようなことは言わなかった。それでもどこか怒られているような気分になる言い方だ。

やるべきことを、やる……

「お嬢様はどうありたい?」

そんなことを言われても、しっかりとした目標などない。理想の自分像だってない。

「……わかり、ません……」

自分を見てほしいと思っていたくせに、こんなに自分が空っぽだったことに気付けていなかった。

空っぽな中身を、どう見てもらう気でいたのだろう。

さすがに笠木さんから厳しさの中にある優しさが消えた。

笠木さんは面倒そうに頭を搔く。

「……なんのために教師がいると思ってんだよ」

それはつまり、大人に聞け、ということなのか。笠木さんは私の目標についてまでは教えてくれないらしい。

すると、笠木さんは何かを思い付いたかのように手を止めた。

「あーでも、汐里さんはやめとけ。あの人は想像以上に鈍かった」

苦笑するしかなかった。フォローする言葉が思いつかない。

「学校じゃないと、あの鋭さは発揮されないのか?それもそれでどうなんだよ……」

それは独り言のようだった。

たしかに、学校での先生はすぐに私が悩んでいることに気付いてくれた。でも、今日は……

「まあ、休みの日だしいいか」

笠木さんはそう言うと、背もたれから離れた。

「あの、笠木さん。話を聞いてくださり、ありがとうございました」
「一方的に喋っただけだから、気にするな。負けるなよ」

笠木さんは私の頭に手を置いて、戻って行った。

頑張れではなく、負けるな。

何に、とは言わなかった。私に取り入ろうとする大人たちなのか、それとも私自身なのか。

「……全部に、だよね」

今の私は弱い。現実から逃げてしまうほど、弱い。

強くなろう。

「あ!お姉ちゃん!」

覚悟を決めてその場を離れようとしたとき、聞き覚えのある声がした。それは笠木さんが私の鞄を渡していた少女だった。

「お姉ちゃん、鞄ありがとう」

少女は本当に大切そうに鞄を抱きしめている。無邪気な彼女に、どう答えれば……

『自分を見てほしいなら、相手を見ろ』