◇
前を見ても横を見ても、知らない場所だ。
「どうしよう……ここはどこ……?」
この歳になって、迷子だなんてとても恥ずかしい。電車を利用して学校に来ることはできたのに、校内で迷ってしまった。
転校生ということで、私はまず職員室に向かわなければならなかった。昇降口から校内に入るところまではよかったのだが、どこに職員室があるのかを把握していなかった。
誰かに聞けば解決することだとわかっているけど、なぜか怖くて聞けなかった。
「いいところのお嬢様がこんなところで何してんだ?」
一階の渡り廊下を歩いていたら、どこからかそんな声がした。私は足を止め、あたりを見渡す。
「おいおい、上品さはどこにやったよ」
身分を隠しているはずなのに、そんなことを言われたから過剰に反応してしまっただけなのに、笑われてしまった。
「ここだ」
声の主は、中庭の真ん中にある大きな木の上から降りてきた。
金色の髪をした男子生徒だった。
校則違反ではないかと思うほど、制服を着崩している。カッターシャツのボタンは全て開け、中には赤色の派手なシャツを着ている。
タイミングよく吹いてきた風でなびき、朝日に照らされる金色の髪は、とても眩しい。その髪から目が離せない。
「お嬢様?見たこともない庶民に驚いてんのか?」
彼は引き続き私に話しかけてくる。
「ち、違います。あなたの髪色……」
「ああ、こっちか。お嬢様の世界に髪を染めるような奴はいないよな」
彼は髪の毛先をつまみ、自分でそれを見た。指をひねることで、数本の毛先は指から離れる。
彼はゆっくりと私に近付いてくる。
私は彼に目で捕まえられたような感覚になり、動けなかった。
彼は私の目の前で足を止めた。
「触ってみるか?」
なぜか触ってみたいと思った。
自分でも驚くくらい硬い動きで彼の髪に触れようと、手を伸ばす。
「小野寺さん!」
わずか数センチで触れようかというところで、名前を呼ばれてしまった。
声がした方を見ると、いつの日か家に来ていた教師が立っている。
鬼のような形相で私たちに近付いてくる。
「小野寺さんに何をしようとしていたんだ、笠木!」
笠木と呼ばれた彼は、小さくため息をついたと思えば、そんな教師を鼻で笑った。
「別に?」
盛大に教師を馬鹿にしたような表情。自分のしたことのない表情に、憧れのようなものを抱いてしまった。
「小野寺さんはな、お前みたいな奴とは違うんだよ!」
差別的な発言に、胸が痛む。結局どこにいても私の扱いは変わらないのかと、やるせない気持ちになる。
「……知ってるっつーの」
笠木さんは寂しそうに呟いた。それは先生に聞こえなかったらしく、先生はまだ小言を言っている。
「またな、お嬢様」
彼は小声で言って微笑むと、中庭の木を通り過ぎてどこかに行ってしまった。
前を見ても横を見ても、知らない場所だ。
「どうしよう……ここはどこ……?」
この歳になって、迷子だなんてとても恥ずかしい。電車を利用して学校に来ることはできたのに、校内で迷ってしまった。
転校生ということで、私はまず職員室に向かわなければならなかった。昇降口から校内に入るところまではよかったのだが、どこに職員室があるのかを把握していなかった。
誰かに聞けば解決することだとわかっているけど、なぜか怖くて聞けなかった。
「いいところのお嬢様がこんなところで何してんだ?」
一階の渡り廊下を歩いていたら、どこからかそんな声がした。私は足を止め、あたりを見渡す。
「おいおい、上品さはどこにやったよ」
身分を隠しているはずなのに、そんなことを言われたから過剰に反応してしまっただけなのに、笑われてしまった。
「ここだ」
声の主は、中庭の真ん中にある大きな木の上から降りてきた。
金色の髪をした男子生徒だった。
校則違反ではないかと思うほど、制服を着崩している。カッターシャツのボタンは全て開け、中には赤色の派手なシャツを着ている。
タイミングよく吹いてきた風でなびき、朝日に照らされる金色の髪は、とても眩しい。その髪から目が離せない。
「お嬢様?見たこともない庶民に驚いてんのか?」
彼は引き続き私に話しかけてくる。
「ち、違います。あなたの髪色……」
「ああ、こっちか。お嬢様の世界に髪を染めるような奴はいないよな」
彼は髪の毛先をつまみ、自分でそれを見た。指をひねることで、数本の毛先は指から離れる。
彼はゆっくりと私に近付いてくる。
私は彼に目で捕まえられたような感覚になり、動けなかった。
彼は私の目の前で足を止めた。
「触ってみるか?」
なぜか触ってみたいと思った。
自分でも驚くくらい硬い動きで彼の髪に触れようと、手を伸ばす。
「小野寺さん!」
わずか数センチで触れようかというところで、名前を呼ばれてしまった。
声がした方を見ると、いつの日か家に来ていた教師が立っている。
鬼のような形相で私たちに近付いてくる。
「小野寺さんに何をしようとしていたんだ、笠木!」
笠木と呼ばれた彼は、小さくため息をついたと思えば、そんな教師を鼻で笑った。
「別に?」
盛大に教師を馬鹿にしたような表情。自分のしたことのない表情に、憧れのようなものを抱いてしまった。
「小野寺さんはな、お前みたいな奴とは違うんだよ!」
差別的な発言に、胸が痛む。結局どこにいても私の扱いは変わらないのかと、やるせない気持ちになる。
「……知ってるっつーの」
笠木さんは寂しそうに呟いた。それは先生に聞こえなかったらしく、先生はまだ小言を言っている。
「またな、お嬢様」
彼は小声で言って微笑むと、中庭の木を通り過ぎてどこかに行ってしまった。