前を見ても横を見ても、知らない場所だ。

「どうしよう……ここはどこ……?」

この歳になって、迷子だなんてとても恥ずかしい。電車を利用して学校に来ることはできたのに、校内で迷ってしまった。

転校生ということで、私はまず職員室に向かわなければならなかった。昇降口から校内に入るところまではよかったのだが、どこに職員室があるのかを把握していなかった。

誰かに聞けば解決することだとわかっているけど、なぜか怖くて聞けなかった。

「いいところのお嬢様がこんなところで何してんだ?」

一階の渡り廊下を歩いていたら、どこからかそんな声がした。私は足を止め、あたりを見渡す。

「おいおい、上品さはどこにやったよ」

身分を隠しているはずなのに、そんなことを言われたから過剰に反応してしまっただけなのに、笑われてしまった。

「ここだ」

声の主は、中庭の真ん中にある大きな木の上から降りてきた。

金色の髪をした男子生徒だった。

校則違反ではないかと思うほど、制服を着崩している。カッターシャツのボタンは全て開け、中には赤色の派手なシャツを着ている。

タイミングよく吹いてきた風でなびき、朝日に照らされる金色の髪は、とても眩しい。その髪から目が離せない。

「お嬢様?見たこともない庶民に驚いてんのか?」

彼は引き続き私に話しかけてくる。

「ち、違います。あなたの髪色……」
「ああ、こっちか。お嬢様の世界に髪を染めるような奴はいないよな」

彼は髪の毛先をつまみ、自分でそれを見た。指をひねることで、数本の毛先は指から離れる。

彼はゆっくりと私に近付いてくる。

私は彼に目で捕まえられたような感覚になり、動けなかった。

彼は私の目の前で足を止めた。

「触ってみるか?」

なぜか触ってみたいと思った。

自分でも驚くくらい硬い動きで彼の髪に触れようと、手を伸ばす。

「小野寺さん!」

わずか数センチで触れようかというところで、名前を呼ばれてしまった。

声がした方を見ると、いつの日か家に来ていた教師が立っている。

鬼のような形相で私たちに近付いてくる。

「小野寺さんに何をしようとしていたんだ、笠木(かさき)!」

笠木と呼ばれた彼は、小さくため息をついたと思えば、そんな教師を鼻で笑った。

「別に?」

盛大に教師を馬鹿にしたような表情。自分のしたことのない表情に、憧れのようなものを抱いてしまった。

「小野寺さんはな、お前みたいな奴とは違うんだよ!」

差別的な発言に、胸が痛む。結局どこにいても私の扱いは変わらないのかと、やるせない気持ちになる。

「……知ってるっつーの」

笠木さんは寂しそうに呟いた。それは先生に聞こえなかったらしく、先生はまだ小言を言っている。

「またな、お嬢様」

彼は小声で言って微笑むと、中庭の木を通り過ぎてどこかに行ってしまった。