どこからか、笠木さんを呼ぶ少年の大きな声が聞こえてきた。何人かの子供たちが目の前まで走ってくる。

「お前ら、人にぶつかるかもしれないんだから、走るなよ」
「はーい」

笠木さんに注意された子供たちは、元気に返事をした。

「レオ!あのカード、今日はある!?」
「おう」

笠木さんは積み上げられた箱の中で一番小さいものを手に取った。それを少年たちの前で開ける。

「すげー!レオ、なんでいつもこんなに持ってるんだよー!」
「俺は大人だからな」

笠木さんは無邪気な笑顔をして、少年の頭に手を置いた。

少年はカードを手に取り、目を輝かせている。

「玲生くんが笑ってるのが信じられない?」

その様子を凝視していたら、先生に小声で聞かれた。

「……そうですね。笠木さんは自分勝手で、意地悪な人だと思っていたので」

正直に言うと、先生はくすくすと笑った。先生は私の隣に座り直し、少年と話している笠木さんを、優しい目で見つめる。

「玲生くんはね、学校の人よりも地域の人との関わりを大切にしているの。私的には、同世代と話せばいいのにって思うんだけどね」

先生は苦笑しているけれど、私は誰かとの関わりを大切に出来る笠木さんが、素直に羨ましいと思った。

それと、なぜ笠木さんがフリーマーケットに参加しているのか、腑に落ちた。

少年たちとのカードの会話が終わると、今度は少女が笠木さんに抱きついた。

「おはよう、レオ」

笠木さんは嫌そうな顔をするどころか、彼女の頭を撫でた。少女は照れくさそうに笑う。

「おはよ。今日はお前好みのものがあるといいんだけど」

笠木さんは少女から離れると、私が持ってきた鞄を少女に見せた。彼女の目が輝く。

「レオ、これどうしたの!?すっごく可愛い!」

少女はその鞄を手に、興奮している。すると、笠木さんが私のほうを見た。

「あのお姉ちゃんが持ってきてくれたんだ」

急に呼ばれて、会釈をすることしか出来なかった。

「お姉ちゃんも、鞄好き?」

それなのに、少女は私との会話を続けてくれる。

「好き、というか……いっぱい持っているので……」

子供相手に緊張して上手く話せない。

人見知りをするタイプではないと思っていたが、どうやら人と話すことに苦手意識が芽生えてきたらしい。

「いいなあ。私も、いっぱいほしいんだけど、わがまま言えないんだよね……お金もないし」

少女は手にしている鞄をじっと見つめている。本当にほしいという気持ちが伝わってくる。

お金がないから買えない、なんて考えたこともなかった。私はそこまで物欲があるわけではないが、基本的にほしいと思ったものは手に入るからだ。

お金のありがたみを知らない私のほうが、少女よりも子供のように思えてくる。

「それ、ほしいか?」

笠木さんが尋ねると、少女は一瞬躊躇ったけど、頷いた。

「持って行っていいぞ」

その言葉に少女だけでなく、私も驚いた。

「でもこれ、売り物でしょ……?」

その通りだ。お金を取らないなら、フリーマーケットの意味をなさないはずだ。

笠木さんは優しく少女の頭に手を置く。

「またここに来てくれるなら、いいよ」

曇っていた彼女の表情が、一気に笑顔に変わる。

「ありがとう、レオ!」