玲生さんの病室には、担当医の中條先生と二人の看護師がいた。出入り口からでも、玲生さんがベッドに横になっているのが見える。

普段なら寝ているのだと思って入るが、恵実さんに事情を聞いた今、そんなふうには思えない。

足が動かなくなり、言葉も出ない。

「円香ちゃん」

私に気付いた恵実さんは、私の背中をそっと押し、部屋の中に入れた。

玲生さんが息をしていることが、近くに来てわかる。

「すぐに手術をしようとしたのですが、我々が思っていた以上に病状の進行が早く……」

中條先生は悔しそうな顔をして語尾を濁した。

それは、玲生さんの病気を治すことが出来なかったと言っているようなものだ。

「ま、どか……?」

玲生さんの目が少し動く。口の動きも小さく、それを見るだけで涙が溢れそうになる。

玲生さんの口角がゆっくりと上がる。

「来て、くれたんだ」
「当たり前です」

玲生さんは天井を見つめ、もう一度私を見た。

「……お嬢様」

玲生さんは弱った声で、でも確かに私をお嬢様と呼んだ。

急に距離が開いたようで、返事をするのを忘れた。

「俺のことは、忘れて」

どうして玲生さんがそう言ったのかわからないが、言っている意味はわかった。

「嫌です!」

私はここが病院であることを忘れ、泣き叫んだ。

これで玲生さんがさっきの言葉を訂正してくれるとは思わないが、黙って頷くことはできない。

「お願いだ、お嬢様……俺はもう、お嬢様を幸せにすることが、できない」

玲生さんは途切れ途切れに話している。その話し方に余計に涙が流れる。

「死んでいく俺のことなんか忘れて、他の誰かと幸せになってよ」

もう一度嫌だ、と言えなかった。

結局私は、玲生さんのお願いを断れない。

頷きたくない気持ちが強いせいで、俯いただけだった。骨ばった手が、私の涙に触れる。

「お嬢様の笑った顔が、見たいなあ」

涙は止まらない。それでも、玲生さんの最後の願いだと思い、口角を上げる。

「笠木さんは……わがまま、ですね」

なぜ玲生さんが私をお嬢様と呼んでいるのか。そんなことは簡単にわかる。

私は玲生さんの願いを叶えることしかできない。だから、嫌でも、昔の呼び方をするしかなかった。

私が玲生さんの望み通りに呼んだからか、切なそうに微笑んでいる。

「お嬢様……俺と出会ってくれて、ありがとう」