「ご馳走様でした」
「お粗末さまでした」

恵実さんは残った分を取り皿に移し、私の皿をも持って、立ち上がった。

「洗い物は私がやりますよ」
「いいの。今日は円香ちゃんはお客さんなんだから。次来たときにお願いね」

次もあるのだと嬉しくなった。

そのときは他人ではなくなるということなのだろう。顔が緩む。

恵実さんが皿洗いをしている間、手持ち無沙汰で、テレビ台の隣にある小さな本棚を眺める。

背表紙には『玲生0~3歳』というようなシールが貼られている。並んでいるのは、アルバムだろうか。

「それ、見てもいいよ」

台所から恵実さんの声が聞こえてくる。私がアルバムに興味を持ったのが見えていたらしい。

私はお言葉に甘えて、一番左側のアルバムに手を伸ばした。

その一冊をじっくりと見ていると、洗い物を終えた恵実さんが隣に座った。私がめくるアルバムを覗く。

「懐かしい写真がいっぱい」

恵実さんの笑顔はとても暖かく、玲生さんを羨ましいと思った。

私の母親はこれほど優しい目を私に向けてくれたことはない。お父様はずっと同じ屋根の下で暮らしているが、こうして私のアルバムを作ってくれているとは思えない。

自分の家庭環境を思い返していたら、恵実さんは別のアルバムを手にしていた。

恵実さんの邪魔にならない程度に覗き込むが、恵実さんは一枚の写真を指でなぞった。

「……このときにね、玲生の病気が見つかったんだ」

言葉が出なかった。

恵実さんが触れた写真に写る玲生さんは、目を赤く腫らして寝ている。

「私……このとき、泣いてる玲生になにも言えなかったの。私自身がつらくて、玲生を励ますことができなかった」

今にも泣きそうな恵実さんの声に、胸が締め付けられる。

「玲生が中学生になってからは、出てけとか、来るなってよく言われた。当然だよね。自分のことしか考えられない親なんて、私でも嫌だよ」

ページをめくりながら言う。

途中、写真が一枚もなく、恵実さん宛ての手紙だけが挟まっているページがあった。

恵実さんはそこで手を止める。

「高校生になった玲生が、手紙をくれたの」

恵実さんは私が読みやすいようにアルバムの向きを変えた。

『今までごめん。ありがとう』

とても短い文だった。だけど、紙に染み付いている涙のあとを見ると、恵実さんには十分すぎる言葉だったのだろう。

「玲生の病気が手術すれば治るけど、成功確率が低いって知ったのは、このころだった。それでも私は手術してほしかったけど、玲生はしたくないって言い切った」