「円香ちゃんには、玲生の好物を伝授しようかなっておもうんだけど、どう?玲生が退院したとき、振る舞いたくない?」
「したいです!」

恵実さんの提案が嬉しくて、過剰反応してしまった。

ただ料理を作るだけでなく、玲生さんが好きなものを作ることができれば、さらに玲生さんの喜ぶ顔を見れる。

そう思うと、やる気が出てくる。

「それで、玲生さんが好きなものというのは?」
「あんかけ焼きそば」

聞いたことのない料理名に、首を捻る。

「意外と簡単に作れるんだよ」

そんな話をしているうちに、アパートに着いた。

「狭くて何もない部屋ですが、どうぞ」

恵実さんは一階の左から二番目のドアを開け、そう言った。

「お、お邪魔します……」

人の家というだけでも緊張するのに、玲生さんが暮らしている場所だと思うと、さらに緊張してしまう。

恵実さんは狭いと言うが、そんなふうには感じない。

「片付ける時間もなくて、汚いでしょ?」

部屋を見渡していたら、恵実さんが自虐的に笑った。

「いえ、綺麗ですよ」

物は少なく、きちんと棚にしまってある。目立った埃もない。

ローテーブルの上が少し散らかっているのも、生活感があるくらいで、あまり気にならない。

「よし、じゃあ作ろうか」

台所で手を洗い、恵実さんの指示を待つ。

「円香ちゃんには人参と玉ねぎの皮むきをお願いしようかな」

それは野菜炒めを作るときと同じ作業で、戸惑うことなく作業を進めた。

私が野菜を切っている間、恵実さんはフライパンに多めの油を引いた。焼きそばの麺を広げると、もう一つのコンロにフライパンを置く。

肉を焼き、人参を炒める。

玉ねぎ、キャベツと順にフライパンに入れていく。しっかり火が通るまで炒めると、水を入れ、何か粉のようなものを入れた。

「それはなんですか?」
「鶏ガラスープの素だよ」

恵実さんは私の質問に答えながら、お椀に片栗粉と水を入れ、混ぜている。

「水で溶いた片栗粉を入れると、とろみがつくんだ」

私が質問するよりも先に教えてくれた。

そして回すようにしてフライパンの中に入れた。最後に全体を混ぜると、火を切った。

「麺のほうもいい感じ」

焼きそばの麺にはきつね色の焦げ目がついている。恵実さんはそっちの火も切る。

焦げ目がついたほうを上にして皿に移すと、野菜を上にかけた。

「はい、あんかけ焼きそばの完成。早速食べてみよう」

ローテーブルにあんかけ焼きそばを置くと、箸を二膳用意した。

「座って、座って」

そう言われて箸が置かれた前に座る。

夕飯どきということもあり、あんかけ焼きそばの匂いでお腹が空いてくる。

「それじゃあ、いただきます」
「いただきます」

恵実さんに続くように言い、恵実さんの真似をしてあんかけ焼きそばを皿に取る。

食べたことのない料理で、恐る恐る口に運ぶ。

「美味しい」

それは零れたという表現が相応しいくらい、自然に言った。

「円香ちゃんの口にあったみたいでよかった」

私は食べることに集中してしまい、あっという間に半分食べてしまった。