「円香ちゃん、本当?」
「は、はい」

恵実さんの勢いに圧倒されながら言う。だけど、よく見れば恵実さんの目には薄らと涙が浮かんでいた。

恵実さんはそのまま私を抱きしめた。

「ありがとう、円香ちゃん」

玲生さんには聞こえないように、私の耳元で囁いた。私から離れた恵実さんは、優しく微笑んでいる。

「ちょっと、なんで母さんのほうが円香との距離が近いわけ?」

玲生さんを見ると、頬を膨らませていた。

それが可愛らしくて、吹き出しそうになったのを堪える。

「私だって、円香ちゃんのことが好きだもん」

恵実さんは玲生さんに見せつけるように、もう一度私を抱きしめる。

さらに拗ねた表情をした玲生さんは、私の手首を掴む。

「円香は、俺のだから。たとえ母さんでも、絶対に渡さない」
「はいはい。玲生も子供だねー」

恵実さんが私から離れながら、からかうように言った。そのせいで、玲生さんはさらにふてくされてしまった。

「私ね、娘と料理するのが夢だったの。一緒にいっぱいご飯作ろうね」

そんな玲生さんを無視し、恵実さんは本当に楽しそうに言った。

「はい」

奈子さんと料理の練習をするのも楽しかったが、恵実さんとは母娘として料理ができるのではないかと思うと、心が踊る。

「よろしくお願いします」

椅子に座ったまま頭を下げるのは嫌で、立ち上がって礼を言った。

恵実さんは私と腕を組んだ。

「じゃあ、早速一緒に帰ろう」

この行動の速さには玲生さんも驚いている。

「なんで」

玲生さんは不満をあらわにする。

「玲生が退院してからだと、遅いから」

玲生さんは返す言葉もないと言わんばかりに口を閉じる。

「じゃあね、玲生。また明日」

恵実さんは私を引っ張った。

「また明日、来ますね」

引きずられながら挨拶をすると、玲生さんは手を振って返してくれた。

病院を出ると、恵実さんはスピードを緩めた。私から手を離し、隣を歩いている。

「円香ちゃんには、本当に感謝しかないなあ」

恵実さんは空を見上げながら呟いた。

「私はなにもしていませんよ?」

私の顔を見ると、微笑んだ。

「円香ちゃんがいてくれたから、玲生は生きることを決めたし、玲生が楽しそうにしているから、私も楽しいんだ。円香ちゃんがいなかったら、きっと今の状況にはなっていない」

大袈裟だと思った。恵実さんはいいように捉えてくれているが、私は自分のわがままを押し通しただけだ。

それなのにお礼を言われると、不思議な気分になる。