それから少し後、さくりが響生の大福も平らげた時。
サイフォンでおかわりのコーヒーを淹れていた響生が、おもむろに話し始めた。
「さくり」
「ん?」
「ラヴェルと『亡き王女のためのパヴァーヌ』には、他にも語られていることがあってさ」
「へぇ! 聞きたい!」
「この曲、世間ではとても人気だったのに、発表後ラヴェル自身は酷評したんだ」
「む。自分で作ったのに」
「そうだね」
ふふ、と響生が笑う。
「彼は晩年、記憶障害に悩まされた。その時にね、『亡き王女のためのパヴァーヌ』の演奏を聞いて……」
「聞いて?」
「“この美しい曲を作った者は誰だ?”と――」
「自分だよ!」
思わずツッコミをいれたさくりに、響生はたまらず吹き出した。
肩を揺らしながら、サイフォンからアルコールランプを外す。
「ラヴェルは本当は、この曲を大切に、純粋に、愛していたんだろうね。――そう、ずっと。自分の心に嘘はつけないんだよ」
“愛して”
“嘘はつけない”
響生の言葉にさくりの心臓が跳ねた。柔らかな視線を感じると何とも言えない気分になり、さくりは響生と目を合わさず、サイフォンをただただ見つめた。
コーヒーが落ちる音まで聞こえそうな、静かな空間。
先に口を開いたのは、さくりだった。
「は、早く部品届くといいな、オルゴールの」
ちょっとだけ、声が上擦ってしまった。
「うん。楽しみにしていて」
――ほわりほわりと空気が変わる。
師走の忙しさと無縁の質屋には、今日もゆっくりのんびりとした時間が流れる。
この流れが響生の直したオルゴールによって多少乱れることになるのだが、それはもう少し後の話……。
END