親父は、じっと静かな顔をしていた。おれが七つ目の罪を数え終わると、初めて表情を動かした。親父は改めて、おれに手のひらを突き出した。
「理仁、おまえが私に反抗的な態度を取るようになってから、すべてがうまく回らなくなってしまった。朱獣珠を私に返しなさい」
 ああ、クソ、やっぱり噛み合わないのか。
「違うだろ。どうにか形を保ってた家族が決定的におかしくなったのは、おかあさんがあんなふうになったのがきっかけじゃん。あんたが狂わせたんだよ」
「高校で悪い友達と出会ってしまったのも問題だったかな。理仁が宝珠について知る必要はなかったというのに、白虎の血の者が身近に現れるとは」
「おれは文徳に出会えて感謝してるよ。文徳が知りたがってたから、おれはひいばあちゃんの遺品をキッチリ調べたんだし、それ以前に、対等な友達になってくれたのは文徳が最初だったからさ。あんたが文徳のことを悪く言うなら、おれ、キレるよ」
 おれは親父の目を見る。眉間に力を込めて、じっと。
 何でだろう、昔から不思議なんだけど、親父の目を見ようとすると遠近感がおかしくなる。焦点がうまく合わなくて、親父が近くにいるのか遠くにいるのか、平面なのか立体なのか、わからなくなってくる。
 逃げたい。まだそんなことを思ってしまう。
 怖い。これだけちゃんと断罪の言葉を吐いても、それでも、背筋が震えるあの感覚が消えない。
「理仁、おまえは聞き分けの悪い子ではないはずだ。素直に朱獣珠を渡しなさい」
 会話はいつだってちぐはぐだ。親父の口から吐き出されるのは、おれを雁字搦めにする呪縛の言葉ばっかり。
 皮肉なんだけどさ、言葉の持つチカラをいちばんよくわかってんのは、おれ自身だからさ。
 物心つかないころから、おれの心には鎖がかけられてんだ。親父の呪縛につながれてるのを、手で触れられそうなほどハッキリ感じる。
 そんな鎖、気付きもせずに引きちぎってしまえるくらい、おれが言葉から自由だったらよかった。気付いてしまったら、言霊《ことだま》ってのは、ぶち破るのが難しくて。
 親父が、つと、おれから目をそらした。視線の先にいるのは、海牙と鈴蘭。
「理仁が協力してくれないのなら、きみたちでもいい。私に力を貸してほしい。今、私にはどうしても叶えなければならない願いがある」
 鈴蘭が、さよ子をかばうように立った。
「それは宝珠を必要とする願いなんですか? 誰にだって、叶えたい願いはあるものです。でも、あなたのように奇跡のチカラにすがってしまうのは、正しいことだとは思えません」
「だが、宝珠はこの世に存在する。それは何のためだろうか? 人の願いを叶えるためにほかならないだろう? きみは青獣珠を預かっている。いつでも奇跡を起こすことができるのに、宝の持ち腐れにするつもりか?」
「はい、宝の持ち腐れにするつもりです」
「なぜそんなことを言い切る?」
「昔からずっとそうだったと、母や祖母から聞いています。科学が未発達だった時代には、生贄《いけにえ》を捧げて雨乞いをすることが何十年かに一度あって、それが宝珠のいちばん多い使用例だったそうですけど、今は違います。科学が奇跡に追い付きつつありますよね」
「きみは間違っている。きみの言葉は、きれいごとにもなり切れない戯言に過ぎない」
 親父は体ごと鈴蘭に向き直った。
 その途端、ヒュッと音がして、小さなものが親父の頬をかすめて飛んだ。壁に当たって落ちたそれは、さよ子の両腕を戒めていた手錠の残骸だ。
 海牙が、ばらした鎖を投げて親父を牽制した。手元にはまた別の弾もある。
「科学が奇跡に追い付きつつあるって言葉は、戯言でしょうか?」
「そうは思わないのか? きみは科学に詳しいんだろう?」
「確かに科学の力で解決できない事象は、今でもたくさんありますよ。でもね、科学にも限界があると口にしていいのは、学術としての科学をきちんと修めている人だけです。生贄を仕立てて願いを叶えるなんて非科学的な道を安直に採る人が、何をほざいてるのか」
「きみは、何を差し置いても叶えたい願いをいだいたことがないのか?」
「さあ? ぼくにはその問いに答える義務も義理もありませんね。でも、一つ苦情を言わせてもらうなら、『何を差し置いても』の部分に自分が含まれるのはイラッとするんですよ。ぼくを息子の代役にしたかったんでしょうが、ぼくは、鬱陶しい人は嫌いです」
 文徳を背にかばった煥が、白獣珠のある胸元でこぶしを握った。
「あんたには四獣珠の声が聞こえねぇんだろ? 四獣珠はチカラを発揮するために、必ず何かを人間から奪って食わなきゃならねぇけど、そのせいでつらそうだ。理仁の朱獣珠はいつも悲鳴を上げてんだぞ。その声、あんたは聞いたことねぇんだろ?」
 そう、聞かせてやりたい。朱獣珠は命を食らうたびに、壊れてしまいそうな悲鳴を上げて助けを求めていた。