夕暮れの駅前の雑踏の中で音楽が始まろうとしている。
 ストリートで演奏するときの瑪都流《バァトル》は、スタジオやライヴハウスでやるときとは少し編成が違う。
 ドラムセットを持ってこられないから、ドラマーの牛富は機械いじりに徹する。打ち込み音源のドラムを流しながら、音響の調整や録音、DJ的なことまで。
 シンセサイザーの雄も、持ち運びが簡単な軽量型のキーボードだ。効果音の種類がちょっと変わる。そのわずかな違いをあれこれと熱く論じるファンがいる。
 スタジオバージョンではどうのこうの、ストリートバージョンのほうが云々かんぬん。すっげーコダワリをぶつけ合う議論を、暇つぶしも兼ねて聞いてたんだけど。
 どっちだっていいじゃん。優劣つける意味、ある? どっちのバージョンだって、あいつら全員が合意して納得して創ってる音なんだってば。
 サウンドチェック、チューニング、音量調整、と流れるように準備が整っていって、メンバーが牛富にアイコンタクトを送る。牛富はうなずいて、手早くパソコンを操作した。
 スピーカーから流れ出すドラムの音色は、心地よいエイトビート。すかさず、ギターの文徳《ふみのり》とベースの亜美が乗っかる。雄がオーディエンスの手拍子を煽《あお》る。
 真っ当なロックンロールだ。ストレートな響きが、正面からズドンと意識を撃ち抜きに来る。
 心臓の鼓動がリズムに同期する。体温が上がるような、呼吸が弾むような、高揚感が体じゅうに満ちていく。
「腕、上げたじゃん。もともと文徳のギター、すげーうまかったけどさ~」
 でも、ただうまいだけじゃないんだよな。人を惹き付ける何かがあるんだ。
 何をするときよりも楽しそうな顔で、文徳はギターを弾いてる。吹っ切れたような疾走感。ときどきギュンッと激しくひずませるのがアクセントになって、オーディエンスを油断させない。
 玉宮駅北口の広場は、瑪都流が現れたときにはもう、演奏を待ちかねた人たちでにぎわっていた。インディーズ音楽が大好物ってグループと、襄陽学園の制服のグループと、ストリートパフォーマーのグループと、あからさまに不良っぽいティーンズのグループと。
 もともとこのへんは、不良って呼ばれるやつらがたむろするエリアだったそうだ。警察が頑張っても頑張っても、風紀はよくならなかった。
 文徳はだいぶ無茶をするやつで、わざわざここをストリートライヴの会場に選んだ。最初はバトルになったらしい。でも、文徳たちは見事に全部やっつけた。タバコ吸ってたやつら、スケボーやってたやつら、ダンスやってたやつら、酒飲んでたやつら、全部。
 そんなふうだったのに、敵じゃなくてファンがどんどん増えたってんだから、文徳のカリスマ性というか人徳というか、すげーよなーって思う。
 ヴォーカリストの煥《あきら》は、まだ隅のほうでじっとしている。瑪都流のサイトやSNSで告知してあったライヴ開始の時刻まで、あと五分くらい。それまではインストで空気を作っておいて、セットリストは時間キッカリに始めるつもりらしい。