拍手、歓声、喝采。
ライヴ終わりの空気が苦手だ。顔を上げられない。端に引っ込もうとして、兄貴につかまる。真ん中に連れ出される。
「煥も、何か一言、しゃべれ」
「イヤだ」
「どうして?」
「不安だ」
「何が?」
その拍手の温度が、その歓声の真偽が、その喝采の本性が、確かにオレを認めてくれているのか。
「オレは、銀髪の悪魔だから。どんな顔してればいいか、わからない」
同じようなセリフを聞いたよな、と思い出してみたら、鈴蘭だった。怒ったような顔をしていた。照れていただけだった。
いきなり、兄貴がオレの頭をつかんで、ぐっと顔を上げさせた。照明がまぶしい。たくさんの、人のシルエット。前の二列目くらいまで、ギリギリ顔がわかる。
鈴蘭がいた。手を叩いている。オレと目が合って、鈴蘭は笑顔になった。唇が動いた。
あきらせんぱい、と。
オレの名前を呼んだだけ。その唇の動きが無性に嬉しかったのは、どうして?
兄貴がオレの頭に拳を当てて、ぐりぐりと動かした。
「自分が思うとおりの顔してろよ。銀髪の悪魔? それがどうした。煥はオレの弟だ。意地っ張りで寂しがり屋で世話の焼ける弟。昔から、ずっと変わってねぇよ」
「兄貴、地味に痛い」
「おお、痛がれ。煥を痛めつけていいのは、おれだけだからな」
兄貴は笑顔で言ってのける。暴君だ。ドSだ。オレは痛めつけられて喜ぶ趣味はない。
「離せ、兄貴」
「ちゃんと前向いとくなら、離してやる」
「前くらい向いてる」
「いーや、煥は下ばっか見てるね。そうじゃなかったら、そっぽ向いてばっかりだ。前見てないから、気付かないんだぞ。おまえの唄を聴いてくれる人たちの応援。こんなにあったかいエールをもらってること。なのに、おまえ、何ひねくれてるんだ?」
兄貴の声はマイクに通っている。聴衆の拍手が、また大きくなった。
やがて、ガレージライヴのMCから、時間だと促された。次のバンドはステージのそばで控えている。
オレたちは客席のほうへ撤退した。兄貴と亜美さんは楽器を背負っている。雄も一本背負っているのは、兄貴のアコギだ。牛富さんの荷物は、スネアとスティックとペダル。手ぶらなのはオレだけだ。
客席で、師央たちと合流した。寧々と貴宏と順一。理仁と海牙。そして、鈴蘭。
「煥さん、ここにどうぞー」
師央が鈴蘭の隣を指差す。兄貴と理仁がオレを連行する。無駄なお節介。余計すぎる気配り。もはや全然さりげなくない。
しかし、女って、髪型と服装が違うだけで化けるんだな。なんていうか、鈴蘭が、かわいい。
兄貴たちが一斉に席を立った。
「じゃあ、飲み物買ってくる。煥のぶんも買ってくるからな。荷物、見ててくれよ」
「ちょっ、おいっ! 何で全員で行くんだよ!」
「全員じゃないだろ。留守番係は、煥と鈴蘭さんの二人だ」
兄貴はさわやかに笑った。みんなを引き連れて行ってしまう。最悪。
「あ、煥先輩、えっと、お疲れさまです。す、すごく、よかった、です」
「まあ、そ、そうか」
早く次のバンドの演奏、始まれ。間が持たん。
ざわついたフロア。
なのに。
「あのっ、煥先輩っ」
鈴蘭の声だけは、ハッキリ聞き取れる。キレイな声、だと思う。いや、オレの価値基準なんて当てにならないが。少なくとも、オレにとっては。
「何だ?」
「いつも、あんなふうならいいのに」
「は?」
オレは鈴蘭から顔を背けている。たぶん、鈴蘭も同じだ。途切れ途切れの声が少し遠い。
「歌ってるときみたいに、すなおな顔、しててくれれば、いいのに。せ、切なそうだった。一生懸命な表情、でした。壮行会のときは、ステージが遠くて。今日、初めて、歌ってる先輩の顔、見ました」
鈴蘭が黙る。どう返せばいい?
「イヤとか嫌いとか、あんたにさんざん言われた。オレのこと、怖がって嫌ってんだろ」
「そ、そんなの、うわべだけじゃないですか! 怖い人のふりして、嫌われても平気って顔して、ほんとは傷付いてるくせに」
「別に」
「ずるいです。寂しそうな素顔、見せられたら、カ、カッコいいうえに、そんな寂しい顔、守りたいって、思った。煥先輩は、ずるい、です」
胸が苦しくて、くすぐったい。しゅわしゅわと炭酸みたな感触で、胸のカバーが溶けていく。頭の中心が熱っぽく痺れて、顔がほてって、息が震える。
歌がほしい。歌ってないオレは、自分の感情に戸惑う。胸の高鳴りの理由を探しながら、自分で自分がつかめない。
いつの間にか固めていた拳に、細い指が、小さな手が、触れた。ビクリとしてしまう。こわばるオレの拳から、鈴蘭の手が離れる。
「ご、ごめんなさい」
触れたのは偶然? それとも。
オレは拳をほどいた。少しだけ指を動かす。鈴蘭の指に触れた。
今までまともに動こうとしなかった口が、急に、言葉を吐き始める。
「鈴蘭、オレは……」
何か言いかけた。
突然だった。
パンッ!
破裂音。いや、銃声だ。パリン、と割れて砕ける音もした。店内がワントーン暗くなる。客席の一角で悲鳴があがった。
ライヴ終わりの空気が苦手だ。顔を上げられない。端に引っ込もうとして、兄貴につかまる。真ん中に連れ出される。
「煥も、何か一言、しゃべれ」
「イヤだ」
「どうして?」
「不安だ」
「何が?」
その拍手の温度が、その歓声の真偽が、その喝采の本性が、確かにオレを認めてくれているのか。
「オレは、銀髪の悪魔だから。どんな顔してればいいか、わからない」
同じようなセリフを聞いたよな、と思い出してみたら、鈴蘭だった。怒ったような顔をしていた。照れていただけだった。
いきなり、兄貴がオレの頭をつかんで、ぐっと顔を上げさせた。照明がまぶしい。たくさんの、人のシルエット。前の二列目くらいまで、ギリギリ顔がわかる。
鈴蘭がいた。手を叩いている。オレと目が合って、鈴蘭は笑顔になった。唇が動いた。
あきらせんぱい、と。
オレの名前を呼んだだけ。その唇の動きが無性に嬉しかったのは、どうして?
兄貴がオレの頭に拳を当てて、ぐりぐりと動かした。
「自分が思うとおりの顔してろよ。銀髪の悪魔? それがどうした。煥はオレの弟だ。意地っ張りで寂しがり屋で世話の焼ける弟。昔から、ずっと変わってねぇよ」
「兄貴、地味に痛い」
「おお、痛がれ。煥を痛めつけていいのは、おれだけだからな」
兄貴は笑顔で言ってのける。暴君だ。ドSだ。オレは痛めつけられて喜ぶ趣味はない。
「離せ、兄貴」
「ちゃんと前向いとくなら、離してやる」
「前くらい向いてる」
「いーや、煥は下ばっか見てるね。そうじゃなかったら、そっぽ向いてばっかりだ。前見てないから、気付かないんだぞ。おまえの唄を聴いてくれる人たちの応援。こんなにあったかいエールをもらってること。なのに、おまえ、何ひねくれてるんだ?」
兄貴の声はマイクに通っている。聴衆の拍手が、また大きくなった。
やがて、ガレージライヴのMCから、時間だと促された。次のバンドはステージのそばで控えている。
オレたちは客席のほうへ撤退した。兄貴と亜美さんは楽器を背負っている。雄も一本背負っているのは、兄貴のアコギだ。牛富さんの荷物は、スネアとスティックとペダル。手ぶらなのはオレだけだ。
客席で、師央たちと合流した。寧々と貴宏と順一。理仁と海牙。そして、鈴蘭。
「煥さん、ここにどうぞー」
師央が鈴蘭の隣を指差す。兄貴と理仁がオレを連行する。無駄なお節介。余計すぎる気配り。もはや全然さりげなくない。
しかし、女って、髪型と服装が違うだけで化けるんだな。なんていうか、鈴蘭が、かわいい。
兄貴たちが一斉に席を立った。
「じゃあ、飲み物買ってくる。煥のぶんも買ってくるからな。荷物、見ててくれよ」
「ちょっ、おいっ! 何で全員で行くんだよ!」
「全員じゃないだろ。留守番係は、煥と鈴蘭さんの二人だ」
兄貴はさわやかに笑った。みんなを引き連れて行ってしまう。最悪。
「あ、煥先輩、えっと、お疲れさまです。す、すごく、よかった、です」
「まあ、そ、そうか」
早く次のバンドの演奏、始まれ。間が持たん。
ざわついたフロア。
なのに。
「あのっ、煥先輩っ」
鈴蘭の声だけは、ハッキリ聞き取れる。キレイな声、だと思う。いや、オレの価値基準なんて当てにならないが。少なくとも、オレにとっては。
「何だ?」
「いつも、あんなふうならいいのに」
「は?」
オレは鈴蘭から顔を背けている。たぶん、鈴蘭も同じだ。途切れ途切れの声が少し遠い。
「歌ってるときみたいに、すなおな顔、しててくれれば、いいのに。せ、切なそうだった。一生懸命な表情、でした。壮行会のときは、ステージが遠くて。今日、初めて、歌ってる先輩の顔、見ました」
鈴蘭が黙る。どう返せばいい?
「イヤとか嫌いとか、あんたにさんざん言われた。オレのこと、怖がって嫌ってんだろ」
「そ、そんなの、うわべだけじゃないですか! 怖い人のふりして、嫌われても平気って顔して、ほんとは傷付いてるくせに」
「別に」
「ずるいです。寂しそうな素顔、見せられたら、カ、カッコいいうえに、そんな寂しい顔、守りたいって、思った。煥先輩は、ずるい、です」
胸が苦しくて、くすぐったい。しゅわしゅわと炭酸みたな感触で、胸のカバーが溶けていく。頭の中心が熱っぽく痺れて、顔がほてって、息が震える。
歌がほしい。歌ってないオレは、自分の感情に戸惑う。胸の高鳴りの理由を探しながら、自分で自分がつかめない。
いつの間にか固めていた拳に、細い指が、小さな手が、触れた。ビクリとしてしまう。こわばるオレの拳から、鈴蘭の手が離れる。
「ご、ごめんなさい」
触れたのは偶然? それとも。
オレは拳をほどいた。少しだけ指を動かす。鈴蘭の指に触れた。
今までまともに動こうとしなかった口が、急に、言葉を吐き始める。
「鈴蘭、オレは……」
何か言いかけた。
突然だった。
パンッ!
破裂音。いや、銃声だ。パリン、と割れて砕ける音もした。店内がワントーン暗くなる。客席の一角で悲鳴があがった。