昼休み。約束どおり、屋上への階段を駆け上がった。手には、師央が作った弁当。ここ半月は食生活がまともだ。あいつが帰ったら、どうなるんだろう?
 屋上の鍵は、もう開いていた。オレが最後だった。
「あっきー、鍵、閉めといて~」
 理仁に言われるまでもない。鍵を閉めてから、三人のほうへ行く。
「レジャーシート? 用意がいいな」
「理事長室からかっぱらってきたよ。毎年、教職員らで花見してるんだよね~」
 ボンボンのくせに、意外にも理仁はコンビニ弁当だった。師央の弁当をのぞき込んで、うらやましがる。
「えっと、交換します?」
「マジ? いいの?」
「どうぞ」
「やった~! 師央、ありがと~!」
 鈴蘭の弁当はずいぶん小さい。小柄だから、そんなもんなんだろうか?
「何ですか、煥先輩?」
「その弁当で足りるのか、と思って」
「足りますっ」
 どうしてこう、いちいちにらまれるんだ?
 オレはレジャーシートに腰を下ろした。弁当の包みを広げて、食べ始める。おにぎりとか、卵焼きとか、野菜を肉で巻いたのとか、豪華でも特別でもないのに、食べ物ってうまいんだなと気付いたりする。師央が作るから、そう感じるのか。
 理仁が一口ごとに声をあげてて、うるさい。
「うまい! 師央、料理上手だね~」
「ありがとうございます」
「嫁に来ない?」
「遠慮します」
 何気なく目を上げると、鈴蘭と視線がぶつかった。慌てた様子で下を向いた鈴蘭が、せかせかと手を動かす。オレのほうを見てた? 視線の意味はわからない。でも、見られていた。その事実は、微妙に気まずい。
 師央とじゃれてた理仁が、ちゃっかり口出ししてきた。
「なになに~? 二人は目と目で会話する仲なの?」
「ち、違いますっ」
「見惚れてた?」
「何言ってるんですか、長江先輩!」
「ふぅん、おれのことは苗字なのね。で、あっきーのことは名前なのね」
「だって、文徳先輩と混ざるじゃないですか! 変な言い方しないでください!」
「でも、さっきの熱~い視線は何? あっきーのこと、じーっと見つめて……」
「見つめてませんっ! 煥先輩が食事するところ、初めて見たから、意外な気がして」
「で、見つめてたわけね?」
「見つめてないですってば!」
「見つめてたよね、あっきー?」
 水を向けられて、リアクションに困る。
「は?」
「否定してください、先輩!」
「え?」
「え、って……もう!」
 鈴蘭が顔を覆った。理仁が、けらけらと笑った。そして爆弾を投下した。
「この様子だと、やっぱ、そーなの? ね、師央。師央のママって、鈴蘭ちゃん?」
「な、長江先輩、何それっ?」
「だって、師央のパパは、あっきーでしょ」
「はぁぁぁああっ?」
 鈴蘭は、叫んだ後、口を押さえて固まった。視界の隅でそんな様子を察しながら、オレはそっちを向けない。
 頭痛がする、ふりをする。手のひらで額を覆って下を向く。頭痛はしてない。ほてる顔を上げられないだけ。
 師央がおずおずと理仁に訊いた。
「今の話、文徳さんから聞いたんですか?」
「うん、師央の伯父さんから聞いた」
「理仁さんは、信じたんですか? ぼくが未来からきたって話を?」
「信じちゃうほうがよくない? おもしろいし。だって、今の状況、あれだよ? 親子団欒、プラス、おれ。おもしろいじゃん?」
 オレはとっさに口走った。
「おもしろくねぇよ。付き合ってもいない女と夫婦扱い? しかもガキまでセットで? 冗談じゃねえ」
 一瞬、間があった。
 ふわっと何かが飛んできた。反射的にキャッチする。布だ。弁当を包んでいたピンク色のハンカチ。投げたのは、鈴蘭だ。
「バカ、無神経っ」
 罵られて、気付く。オレ自身、自分の言葉に傷付いた。
   ――オレの宝物――
   守るべきもの。
   ――妻と息子――
   約束された未来。
 思い出に似た情景が、胸にひらめく。
 戸惑う。
 知らないはずの感情が、経験済みの日常として、オレの中に広がっていく。
   ――愛してる――
   愛?
 理仁が、ポンと手を叩いた。
「ま、何にせよ、放課後は忙しくなるね。海牙ってやつの誘いには乗るんでしょ?」
 オレはうなずく。師央が理仁に応える。
「あの人はいろいろ知ってるみたいでした。ぼくは、あの人の知ってることを、知りたい」
「預かり手が集まっちゃった理由とか? 因果の天秤や運命ってやつの正体とか?」
 オレは胸を押さえた。首から提げた白獣珠が、そこにある。直径二センチくらいの小さな存在がオレにチカラを与えて、オレの行く末を翻弄する。自分が何のためにここにいてチカラを持っているのか、ときどき真剣に考えてしまう。
 理仁が、ふと声をひそめた。
「なあ、師央。一つ、どうしても知りたい」
「何ですか?」
「師央って、パパとママがいくつのときの子ども? やっぱ、でき婚?」
 鈴蘭が、今度は上履きを、理仁に投げつけた。