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 クリスマスカードは、町の大きな文房具店に売っている。バスで出掛けてカードを買って、ついでに本屋を見て、それだけサッと帰る。わたしは初め、そういうつもりだった。ちょっと遅くなることを親に言っておけば、学校帰りに行くこともできる。

 ところが、補習や模試のない日曜日にわざわざ行くことになってしまった。映画とカラオケ付きで、晩ごはんまでしっかりコース。
 ひとみがそれを言い出したんだ。わたしがうっかりひとみに話してしまったから。そうしたら、たまたま聞いていた尾崎も乗ってきて、ひとみは機嫌よくOKを出した。尾崎は、ついでにということで、上田にまで声を掛けた。

 正直言って、わたしは腰が引けてしまった。ひとみだけならまだいい。どうして尾崎が? しかも上田が?
 わたしの私服は、流行なんて無関係のものばかり。無難で地味で、男女兼用だからブカブカしたデザインだ。尾崎や上田がどんな服を着てくるのかわからないけれど、気後れした。だからといって、そのお出掛けのためにわざわざ新しい服を買おうなんていう気もない。

 流行のものを調べることや知ること自体に、わたしは抵抗があった。まわりと同じになりたくなかった。まわりっていうのは、智絵を追い詰めて学校という世界から追い出した人たちだ。わたしはそこに同化したくない。
 ファッションも、メイクも、音楽も、テレビ番組も、芸能人のゴシップも、わたしは知らない。知りたくなかった。共通の話題なんてもので他人とつながりたくなかった。

 それでも、お出掛けを断る口実を見つけられずに、わたしは日曜日、待ち合わせ場所であるバス停に行った。
 いちばんに来ていたのは上田だ。ネルシャツにジーンズにスニーカーで、わたしと大差ない格好だった。

「おはよう。文系特進クラスの女子三人の中にぼくが加わって、お邪魔じゃなかったのかな?」
「今さらでしょ。わたしもどうしてこういう組み合わせになったのか、よくわかってない」
「発起人は蒼さんだって聞いたけど? だから僕も来たんだけどな」
「わたしは一人で行くつもりだった。ひとみと尾崎が計画を立てたんだよ」

 上田はちょっと迷ったような顔して、口ごもりながら言った。
「ひとみさんってさ、すごく優秀だって噂は聞いてるんだけど、ちょっと変わってるよね。今日のこと、ダブルデートだって。デートって、どういう組み合わせ? どういう意図なんだろう?」

 ひとみが無邪気な顔をして、ほとんどしゃべったこともない上田に挨拶をしに行く様子は、わたしにも想像できた。
「ひとみのデートの相手はわたしのことだよ。前、二人で、完璧にデートっぽいコースで出掛けたことがある」

「それって本当に……本当の意味で、そういう気持ちがあってっていうこと?」
「わたしは違う。ひとみは、ちょっと、わたしにもわからない。ひとみがほしいのが何なのか、本当に」

 話の途中で、ひらひらワンピースのひとみがやって来た。わたしたち三人でバスに乗って、いくつか先のバス停から尾崎も乗ってきた。尾崎はシンプルなニットの上着とロングスカートで、ニットが胸の大きさを強調していた。上田がチラチラそっちを見るのがわかった。

 まずクリスマスカードを買った。 映画は『ロード・オブ・ザ・リング』で、すごくおもしろかった。ランチ、カラオケ、ウィンドウショッピング。一日フルコースで外出していることにわたしはだんだん疲れてきたけれど、ひとみは、はしゃいでいた。

 上田が画材を見たいと言って、尾崎がついて行くと言った。わたしとひとみは待っていることになった。ショッピングセンターのオープンカフェでコーヒーを買って、わたしはひとみと向かい合って座った。
 わたしが薄々感じていたことを、ひとみが言葉にした。

「尾崎ちゃんは、上田くんのこと好きみたいだね」
「あの人は中学のころから、けっこうモテるから」
「上田くんのこと? そっか、上田くんも琴野中出身なんだったね。今日のお出掛け、あたしはほんとは蒼ちゃんと二人のほうがよかったんだけど、でも、四人でも楽しいね」

 楽しいんだろうか。一人でもできることを、ただ単に四人グループでやっているだけ。わたしはそう感じてしまうのだけれど。
 だって、楽しいという感情をわたしが思い出した。ミネソタで過ごした夏、理屈をこねる必要もなく、自然体でいるだけでわたしは笑えた。顔が痛くなるほど笑っていたんだ。
 今日は全然そんなふうじゃない。わたしはプリクラを撮るときに「笑え」と言われたけれども、その一度でさえ頬がこわばって変な顔をしていた。

 ひとみは身を乗り出して声をひそめた。
「あたしね、最近ずっと思ってることがあって。普通じゃなくていいの。あたしは平田先生とデートしたい。蒼ちゃんともデートしたい」
「え?」

「あたしはどっちもほしくて、どっちも普通じゃないでしょ。平田先生は四十歳を超えてて、結婚して子どももいるのに、あたしはそういうとこが好きで。蒼ちゃんが男の子みたいな格好してくれて、あたしの隣を歩いてくれたらすごく嬉しくて」

 その言葉で、わたしは完璧に理解した。ひとみに対していだいていた、何とも言えないモヤモヤの正体。
 わたしに対して直接向けられる感情じゃなかったんだ。だから、イライラじゃなくて、モヤモヤした。

 違うでしょ。わたしじゃないんでしょ。ひとみの本命は、いちばんほしいのは、わたしじゃなくて平田先生。
 でも、平田先生は絶対に手に入らない。わたしはその代わりだ。普通じゃない恋をするための代役。手近にいて便利だし、本物の男子じゃなくて肉体的に安全だから、わたしが選ばれた。

 そんなふうに言ってしまえばよかったのか。本音の言葉を叩き付けて、ひとみを拒めばよかったのか。
 わたしは言えなかった。ひとみがわたしの手を握るのも拒めなかった。

「蒼ちゃんの手、大きいよね。指も長い。すごくきれいな手。王子さま的な手だよね。好き」
 ひとみにとってちょうどいい、わたしは人形なんだろう。