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 冬が目の前までやって来て、受験と卒業が近付いてきた。中学校という世界がもうすぐ終わる。さっさと過ぎてくれればいい時間なのに、じりじりと、ひたすら長い。
 受験に必要な主要教科は、次々と教科書の内容を終えていった。授業は、入試問題を想定した課題やテストばっかりになった。

 もうわたしが智絵のためにノートを清書する必要はない。わたしと智絵の志望校は違うから、わたしが受ける入試対策の授業は、智絵にとっては不要だ。
 わたしは、何か重たいものを降ろした気分になった。重たいものの内訳は、きっと罪悪感がいちばん大きい。智絵のためだなんてきれいな建前で、それを利用して自分の成績と出席率と周囲からの評価を上げたわたしは、卑怯者だ。

 智絵のところに行くことが減って、受験勉強で忙しいからなんて嘘の理由で自分をごまかした。まわりは、進学先が別々の人同士の間でいろんな騒動が起こって、うるさかった。休み時間のたびにアドレス帳が回ってくるのも面倒だった。
 目も耳もふさいでしまいたかった。教室にいるのが億劫で、理科準備室や図書室に逃げ出すこともあった。

「蒼ちゃんが受けるのは、日山高校だけ? 滑り止め、受けないの?」
 いろんな人から、繰り返し、同じことを訊かれた。わたしは滑り止めを受けない。わたしの成績で、日山高校に落ちるはずがないから。わざわざお金を払って、面接まである私立高校を受けに行くなんて、そんな労力は使いたくなかった。

 あるときふっと思ったのは、どうして県外だとか、もっと遠いところの高校を感がなかったんだろう、ということ。一人で、わたしを知っている人が誰もいない場所で、生きてみたら楽になるかもしれないのに。

 中学生には、そんな選択、無理なのかな。でも、ひとみや雅樹は高校進学のために木場山を出て、こっちで下宿生活を送るつもりだ。そういう選択肢がわたしにもあればよかった。今さらだけれど。

 ひとみと雅樹は、受験のときはうちに泊まらず、ホテルを利用した。旅行代理店が手配する受験生パックというのがあって、列車の切符とホテルと学校までの送迎タクシーが格安で利用できるらしい。
 受験会場となった日山高校では、ひとみや雅樹に会うことはなかった。二人はすでにケータイを持っていて、わたしが公衆電話から連絡すれば、会うことができたのだけれども。

 自分のまわりには殻のような膜のようなものがあって、周囲の空気から切り離されている。そんな感覚がつねにあった。おしゃべりの声を聞いても、それを言葉として認識しない。単なる雑音として聞き流す。そんな能力が身に付いたみたいだった。
 受験の日も淡々と終わって、合格発表も淡々としていて、わたしは無事に日山高校の文系特進クラスに合格した。ひとみも同じクラスだった。雅樹は理系の特進クラス。

 幸い、琴野中から文系特進への進学者はほかにいなかった。わたしの所属する学年は、どうやら歴代の琴野中でも特に勉強のできない学年だったようで、志望校に落ちる人がけっこういた。琴野中では成績が悪くなかった人でも、だ。

 合格発表の後、菅野がわざわざわたしに報告に来た。
「おれ、落ちました。上田は受かってた。いや、おれはもともと無理だろうなって思ってたんだけど。それに、野球やりたいから、滑り止めで受けた男子校のほうで全然いいんだけど。まあ、うん、ちょっと残念」

 何て返せばよかったんだろう? わたしが何も言えずにいたら、菅野は照れ笑いをして走っていってしまった。
 まわりの女子がまた、にぎやかに菅野をこき下ろしていた。ああいうところがいちいちキモいんだとか、ガキすぎるとか。

 うるさいよ。わたし自身、どっちかっていうと菅野の側に近いと思う。あんたたちの側よりも、あいつのがマシだと思うよ。
 そう言ってやりたくても、わたしの喉は動かない。歌う声を張り上げることができたはずの喉は、しゃべり方さえ忘れている。ときどき引き絞るような痛みとともに上がってくる胃液のせいで喉の奥が焼けて、いつもイガイガ、ざらざらする。