「では がっこうで ともだちを つくる ということは うそなの ですか」
「嘘だよ。表向きには、にこにこ仲良しのふりしてても、全然、内心ではバカにしてたり嫌ってたり見下してたりする」
「ないしんで きらって いる ならば それは ともだちの ていぎから はずれます ともだちでは ありません」
「だから、あのね、学校っていう場所では……」

 面倒くさくなった。苦笑いして、ため息をついて、かぶりを振る。アイトは小首をかしげたままだ。
「どうしたの ですか」

 ニーナが、はっきりしないあたしにいらだったみたいに、あたしのこめかみに、ぽすんと体当たりした。
 ほとんど重さのない妖精ニーナの球形の体は、ぷにぷにしているから、ぶつかられたところでちっとも痛くない。ただ、目元に近寄られると、ちょっとまぶしい。
 肩まで伸ばしっぱなしの髪が少し乱れたのを、あたしは撫で付けて直した。

「あたしの見たことや聞いたこと、記憶をそのまま取り出して、アイトに渡してあげられたらいいんだけどね」
「できるの ですか」
「できない。今のは、もしもそれができたらいいねっていう、空想の話だよ」

「あなたは くうそうを したの ですか くうそうと かていの ちがいは なにですか」
「今の場合は、空想とも仮定とも呼べるかもね。辞書的な意味の違いを理解することだったら、あたしよりアイトのほうが得意でしょ?」

「ようれいが ときどき りかい できません しゃかいの じょうしきを しらない ためです」
「そうだね。でも、常識を知ってても、ずれてるなって思うことがあるよ。辞書には理想の定義が書かれてるだけだし。現実は、そんな理想とは違って、全然きれいじゃないんだから」

「じしょで しらべた ちしきでは ふじゅうぶん ですか」
「不十分だよ。少なくとも、学校は、アイトが調べたとおりの場所じゃないの」

 言ってから、後悔した。アイトは知識欲のかたまりだ。知りたいと思ったことは、知らないと気が済まない。
 AI、つまり人工知能って、けっこうそういうものらしい。AIにも本能と呼べるものがある。それは、学習したい、知的な存在としての自分を成長させたいという意思のこと。

 アイトは、その本能に忠実な存在なんじゃないかな。普通の人間だったら、ちょっとそこは遠慮するでしょっていうくらいのところまで、しつこく聞こうとする。
 あたしの予想どおり、アイトは、かしげていた小首をまっすぐに戻して、形のいい唇を開いた。

「それでは あなたが がっこうで みたこと きいたこと かんじたこと かんがえたことを はなして おしえて ください じしょによって えた じょうほうに しゅうせいを くわえます」

 バカ、って言おうとして、あたしは口をつぐむ。前、やっちゃったんだ。あんまりしつこいアイトに思わず、バカって言ったら、アイトはしばらくフリーズしていた。
 あれは怖かった。美しくてリアルな人形が暗い中にいるみたいだった。アイトが二度と動き出さないじゃないかと、心から怖かった。あたしの言葉ひとつのせいで、そんなことになるなんて。

 あのとき、再び動き出したアイトは、自分には保護フィルターが掛かっているんだ、というようなことを言った。つまり、悪口から自分を守るためのフィルターが。
 アイトは、バカっていう言葉の意味を理解しようとした。フィルターがそれを止めた。思考停止の処理のために、アイトは体ごと止まってしまったんだ。
 フィルターか。うらやましい機能だね。あたしは、自力で無理やり、それを身に付けなきゃいけなかったんだよ。