母が急にあたしを抱きしめた。なつかしい匂いに包まれる。あたしは息が止まった。

「ごめんね、マドカ。ごめんなさい。普通の子に産んであげられなくて、ごめんね」
「おかあさん?」
「忘れてたの。思い出したの。マドカがここに運ばれて、他人がマドカをどんな目で見るかを思い出した。医師や看護師でさえ、妖精持ちのマドカを担当するのを嫌がって、わたしは悔しくて、マドカに申し訳なくて」

 昔、祖母が入院したときは、さっき母がやってくれたような検診は、看護師が担当していた。看護師は定期的に見回りをして、何かあればすぐに駆け付けていた。
 でも、二日間も意識のなかったあたしが目を覚ましたのに、誰も駆け付けては来ない。医師免許を持つ母があたしに付き添っていたのは、看護師代わりでもあったんだろう。

「泣かないでよ。泣いてもしょうがないし」
 小学生のころ、風邪をひいて病院に行った。病院のスタッフみんなに怖がられた。待合席も、さーっと人がいなくなった。迷惑をかけたと思った。
 それ以来、あたしは病院にかかっていない。母と一緒に買い物に行くのもやめた。親離れしちゃったのねと、母がとんちんかんなことを言うのを聞いて、安心していた。

 ニーナが母にくっ付いている。ぽんぽんと、肩や頭の上を弾んで、励ましているように見える。
 バカだね、ニーナ。妖精持ちに産んでごめんと泣く母は、つまりニーナを否定しているのに。

 でもね、ニーナがあたしの本心なんだ。妖精持ちだからイヤな思いをたくさんしてきたのに、ニーナがいてよかったと思う。母が泣くのは、見ていられない。
 あたしは、動きの鈍い腕を、どうにか持ち上げた。母の白衣の背中に腕を回す。
 あったかい。

「誰も悪くないよ、おかあさん。あたしはあたしだから」
「ごめんなさい。悲しませて、つらかったでしょう? ごめんね」

 言わなくていいよ。そんなのいちいち謝っていたら、呼吸するみたいに、ごめんなさいを言わなきゃいけない。
 母の温かい背中は、静かな嗚咽に震えていた。その震えが収まるまで、あたしは、じっと待った。

 ニーナが、ぴゅんっと飛んで、母から離れた。そろそろもう大丈夫かな。そう思って、あたしは母に訊いた。
「ねえ、おかあさん。アイトはどうなってるの? あたしのせいで、アイト、消えちゃったの?」

 アイトは笑顔で、さよならと言った。大好きと言ってくれた。あたしを守ってくれた。
 母が体を離して目元を拭った。

「彼のことは詳しく話すわ。マドカを彼に会わせてあげる」
「会わせるって?」
「文字どおりの意味よ」

 まだ目に涙を浮かべながら、母は微笑んでいた。