アイトの視線がニーナからあたしへと動いた。まっすぐにあたしを見つめてくるアイトの顔は、やっぱり、すごくきれいで美しい。
 ただ、アイトのグラフィックは、ちょっと変わったデザインだ。目や唇の形が完全な左右対称じゃないところ。そのほうが人間っぽいけれど、何でわざわざとも思う。

 アイトが小首をかしげた。
「あなたに たいして しつもんが あります」
 あたしも小首をかしげた。ちょうどアイトと鏡合わせになる角度。というか、アイトがいつの間にか、あたしの癖をコピーしていたの。
「質問って何?」

「あなたは がっこうに かよって いますか」
 ドキッとする。そう来るとは思わなかった。
「通ってる、けど?」
「かよって いるの ですね」
「うん……通ってる」

 やめてよね。アイトは学校と無縁の存在で、だから、あたしは安心してここで楽しんでいられるのに。
 あたしはしかめっ面を作っている。でも、アイトはその表情の意味をくみ取ってくれない。眼球の働きが正常でも、顔色を読むとか空気を読むとか、そういうのはまったく別の機能だ。
 アイトは質問を続けた。

「がっこうは きょうようを みに つけ しゅうだんせいかつを まなぶ ための ばしょだと じしょに かかれて います」
「それで?」
「がっこうで つかわれる きょうかしょの ないようを はあく しました きょうようを みに つけました」
「そう」

 ディスプレイの中のアイトの黒い部屋は、ただ黒い。家具も本もないし、アイトはまっすぐな姿勢で立っているだけだ。
 でも、アイト自身がネットに接続された存在らしくて、あたしが説明に詰まったりすると、すぐに「けんさく しました」と言って、辞書的な正答を出してくる。

「アイトは、ずるいね。学校に行かなくても、勉強、全部できるんだから」
「きょうかしょの ないようは はあく しましたが がっこうで まなべる はずの しゅうだんせいかつとは どういった ものなのか けんさくしても しゅうとく できる ものでは ありません」

「別に、いいんじゃない?」
「しゅうだんせいかつを まなぶ ためには ともだちを つくることが ひつよう ですね あなたには どのような ともだちが いますか」

 アイトと話していて、たまに、げんなりする。人間の生活が辞書に定義されたとおりに運ぶものだと勘違いしているあたり、やっぱり、アイトは四角四面な機械仕掛けだ。
 あたしは、ため息交じりの苦笑いをした。あたしより正直なニーナは、ピンク色の光を赤っぽく、ちかちか怒らせて、アイトのディスプレイに、ぽふぽふと体当たりした。

「友達、いないよ。あたしはいつも一人。まあ、ニーナは一緒だけどね」
 あたしの答え方が、きれいな形をしていなかったせいだろう。アイトはすぐに理解を示さず、少しの間、無言の無表情で黙っていた。それから、口を開いた。

「あなたは しゅうだんせいかつを まなんで いないの ですか」
「学んでるよ。あたしなりにね。あたしにとっての無難な集団生活は、誰の視界にも映らないようにすること。無視や陰口をやり過ごすスキルを磨くこと」

 思いがけず、ポンポンと言葉が出てきてしまう。アイトが相手だと、何でもしゃべれてしまいそう。
 アイトは、人間に似ていて、人間じゃない存在。そのちょうどいい曖昧さが、あたしには居心地がいい。

「ともだちが あなたを むし したり あなたの かげぐちを いったり するの ですか」
 あたしはつい笑ってしまった。
「だから、友達じゃないんだってば。学校で出会う人たち、クラスメイトとか先生とか、上級生とか同級生とか下級生とか、いろいろいるけど、誰ひとりとして、あたしの友達じゃないの。だいたい、あたしには友達なんて必要ないの」

 アイトは小首をかしげた。そんな小さな仕草ひとつで、無表情なアイトがどことなく柔らかく、かわいく見える。
「がっこうには ともだちが たくさん いるのでは ないの ですか」
「いないよ。あたしは、友達なんていう薄っぺらい言葉、大っ嫌いだし」
「うすっぺらいの ですか」

「友達って、辞書には何て書いてあるの?」
「けんさくします けんさくしました ともだちとは たがいに こころを ゆるしあう したしい あいだがらの たにん です」
「あのね、アイト。辞書的に正しい友達同士っていう関係性は、学校っていう場所には、ほとんど存在しないよ。少なくとも、うちの学校にはね」