現実は、あたしに少しも優しくない。学校っていう世界は、あたしの全部を否定する。両親っていう同居人は、あたしを何も理解してくれない。
 あたしはアイトと同じになりたい。隔離された箱庭みたいなヴァーチャル・リアリティに存在するAIになってしまいたい。

 現実の社会が何? 人間の肉体が何? どういう特別な価値があるっていうの?
 意志を持って心を持って、アイトはここに存在する。その意志や心のあり方が人間と違ったとしても、あたしとアイトは、違いを認めながらわかり合うことができる。

「あたしはここにいたい! やっと見付けた居場所なの!」

 頭の中が光に染まっている。激烈な光に。
 目を凝らしたら、1と0の世界が見えた。曖昧なものはない。すべてが適切に定義される。オンとオフの、二つに一つで信号を発信して受信して発信して受信して、最適な答えを探して、答えを答えを答えを。

 答えを求める。あたしは答えがほしい。
 どうして生まれてきたの? なぜ生きているの? 何に迷っているの? いつから立ち止まっているの? どこでボタンを掛け違えたの? どれくらい深い悩みなの? 誰があたしを苦しめるの?

 誰があたしを苦しめるの?
 誰がって、犯人捜しは、光の速さで認識して処理して終了。
 あたしだ。

 簡単なことだ。あたしが存在するから、あたしが苦しむ。憎い憎い憎い犯人は、今ここでこうして存在しているあたし自身。ニーナでも学校でも両親でもなくて。
 だから、そう、逃げる場所はないの。忘れる手段もないの。
 だったら、代わりに、消える方法はあるの? 憎むことしかできないの?

 足下が崩れていく。天井が崩れてくる。そんな幻がちらついている。誰があたしを苦しめるの? あたしだ。だから、だったら、崩してしまえ。世界ごと全部。自分なんか全部。

 イヤだ。違う。ここは、あたしとアイトだけの優しい世界。
 やっと見付けた居場所なの。ずっとここにいたいの。いらないものは、自分だけなの。今までの自分、記憶、封じ込めてきた悲しみと憎しみと怒りと、それから。

 面倒くさいじゃん。いちいち分別するの? まるで家庭ごみを捨てるときみたいに? やっぱりさ、そんなことせずにさ、全部丸ごと終わらせちゃったらさ。

 イヤだ。そうじゃない。あたしは、本当は、嫌いたくない。憎みたくない。怒りたくない。泣きたくない。悲しみたくない。
 笑っていたい。楽しんでいたい。喜びたい。わかり合いたい。愛したい。
 人を愛してみたい。自分を愛してみたい。世界を愛してみたい。

 でも、あたしは飢えていて、渇いていて、満たされなくて、苦しくて。
「あ、あ、あ、あ、ああ……」
 おかしい。
 言葉が、思いが声にならない。声にできるスピードじゃない。

 ねえ、止まらないよ。思考が止まらない。スタートした悩みが、ぐるぐるぐるぐる、すごい勢いで巡っていく。
 繰り返される学習学習学習。あたしの悩みが深くなる。深く深く深く潜りながら、悩みが勝手に、何か違うものへと、進化を進化を進化を続けていく。

 怖い。止めたい。やめて。答えが、完全なる答えが、出てしまいそうで。
 待って、違う、何かが違う。
 止めたいのに止まらない。あたしはもう考えたくない。

 冴え渡った頭のせいだ。全部の思考回路がつながって、悩みのパターンは総当たりの組み合わせの何兆通り?
 ダメだ、追い付かない。悩みの数が多すぎて、その進化スピードが速すぎて。
 脳いっぱいに走り回る光が、猛烈な熱を持ち始める。