芝生みたいな色のカーペットを敷いたら、部屋の雰囲気が明るくなった。木目がレトロな音楽プレイヤを置いて、あたしの好きな曲を流してみる。
「マドカはこの曲のどこが好き?」

 しなやかで少し尖った声が、弱虫な心をむき出しにした唄だ。
 望んでもいないのに人間に生まれて、生きることに疲れて、休み方もわからない。そんな嘆きを、どこかあきらめたように柔らかに歌う、ミディアムテンポのロック。

「曲調も歌詞も歌声も、全部好き。あたしの感情に寄り添ってくれるみたい」
「この曲を歌っているグループの音楽性の分析は、ぼくにもできる。好んで使うフレーズやコードの傾向、音質のチョイス、歌声の周波数解析、歌詞に含まれる単語、それを発音したときの響きの言語学的波形分析」

「んー、何かちょっと違う」
「わかってる。人間の感性にとって、こういう分析は、あまり意味がないよね。音楽や小説や絵画もそう。分析して、そこから抽出した要素で新しい作品を組み立てても、完成品は、人間の感性に寄り添うものにならない」

 あたしは勉強机の椅子に座って、ソファに腰掛けたアイトのほうを向いている。アイトはまじめな顔をして、じっと曲に聞き入っている。

「ごめんね。悩ませちゃったかな?」
「少し」
「あたしの好きなものをアイトも好きになってくれたら嬉しいの。ただそれだけ。もしアイトが全然違うものを好きになったとしても、間違ってることでも悪いことでもないんだけど」

 アイトが小首をかしげた。
「共感? マドカがぼくに求めるのは、共感や同意。そうでしょう?」
「そうなのかな? あたし、ニーナがいるせいで、いつも人とは違ってて、誰とも同じになれなくて。共感したり同意してもらったり、そういうのに憧れてたのかな」

 アイトがソファを立って、あたしの椅子の正面にひざまずいた。あたしを見上げて、また小首をかしげる。
「人間は、イルミネーションを美しいと言う。夕焼けも星の光も、ライトアップされた夜景も。つまり、光るものを美しいと言う」
「そうだね」

「だったら、なぜ妖精はダメなんだろう? その違いを定義する概念は、ぼくには納得できない」
「あたしにもわからないよ。でも、気持ち悪がられるのが事実なの。人間は理不尽だから。でもね、アイトは、理不尽なことを丸呑みにしなくていい。おかしいものはおかしいって、ちゃんと言って」

 アイトの正直さにいらだつこともある。理解し合えないのかなって、寂しくなるときもある。全部肯定されたい自分のわがままに気付いて、うんざりしたりもする。
 だけど、おかしいものはおかしいと言ってくれる正直さには、やっぱり救われる。

 ニーナに会いたい、ニーナに触れたい、あの光が好きだから。アイトにそう言ってもらえることが、あたしにとってどれだけ嬉しいか、アイトは気付いていないだろうけど。

 でもね、アイト。ニーナに触れさせてあげるのは、あたしにもできないことだな。
 ニーナは現実側にいる。よくできたヴァーチャル・リアリティのこの部屋には連れてこられない。ずっとこっちにいたいあたしは、最近、ニーナのことを忘れている瞬間が増えた。