あたしは机に突っ伏した。アバタは涙を流さない。でも、ぐしゃぐしゃに歪んだ表情は、アバタにも反映されてしまっている。こんな顔、アイトには見せられない。
 アイトが窓辺から戻ってくる足音。あたしの肩に、アイトの手が触れた。温かくて、あたしはびくっとした。

「マドカを全部わかるなんて、きっとできない。人間はとても難しい。いろんなことをはっきりと言ってくれるマドカでさえ、とても難しいんだ。わからないことだらけだ」
「難しいって、何で?」

 両方の肩がアイトの手のひらに包まれた。
「どうしてこっちを見てくれないの?」
「今、ぐしゃぐしゃの顔してるから」
「泣いているという意味?」
「訊かないでよ」

 ふわりと、ぬくもりがあたしの背中に覆いかぶさった。あたしは、息が止まる。アイトが後ろからあたしを、優しい力で抱いている。
「その答え、ぼくには難しい。どう解釈すべきか、わからない」

「泣いてるの。こういう顔、見られたくないの」
「見せて。ぐしゃぐしゃの顔でもいい。ぼくと向き合って、ぼくと話して、ぼくに人間の感情を教えて。でも、きっと全部を教わることはできない。教わっても、今のぼくには理解できないかもしれない」

 感情が混乱する。あたしは、本当は泣いている。アバタは涙を流さない。しゃくり上げるときだけ、アバタの体がびくっと跳ねる。
 だけど、泣いているのに、どきどきしている。アイトの体温と、せっけんに似た香り。この部屋はリアルすぎて苦しい。

「アイトは、あたしの前からいなくなったりしない?」
「ぼくは、いなくならないよ。マドカのことをもっと知りたい」
「あたしのこと? それとも、人間のこと?」
「両方。だけど、人間全般より、マドカという個人のことを知りたい欲求のほうが強い。ぼくと出会ってくれたのは、マドカだけだから」

 あたしはアイトの手に自分の手を重ねた。アイトの手のほうが大きくて、少しごつごつしている。
「温かいね、アイトの手」
「マドカの手が冷たいんだ。最近、ずっとそう。体温が低い。計算室が寒いんじゃない? きちんと服を着ている?」

 ちゃんと厚着してるんだけどな、と答えようとした。その寸前で、声が喉に引っ掛かった。