☆.。.:*・゜
イヤな予感はしていたんだけど、父の研究室にも鍵が掛かっていた。四桁の数字を入力するタイプの電子ロックだ。
「四桁か」
心当たりはある。父がデヴァイスやツールのパスワードに使う四桁。三パターンあるけど、片っ端から試してみようか。まさか間違えたら爆発するような仕掛けはないだろうし。
「どれだと思う、ニーナ?」
あたしより勘の鋭いニーナが、ふわっと飛んで、タッチパネルの7に触れた。ということは、あたしと母の誕生日を並べ替えて使う四桁だ。あたしは続きの三つの数字を入力する。
かちっ。
軽い音がして、あっさりとロックが解除された。ドアノブをひねる。どきどきと、心臓が速く高く鳴る。でも、不思議と、あたしは冷静だ。
シンプルな部屋だった。研究室と聞いて想像するような、大量の本やごちゃごちゃした実験用具はない。髪もほったらかしの父の部屋なのに、埃ひとつ落ちている気配もない。
機械たちがおとなしく鎮座している。唯一うるさいのは、寒いくらいの温度で回るエアコンだ。たぶん、計算室と同じ摂氏二十度。
広々としたデスク、その上には大きなコンピュータ。普通のプリンタと、3Dプリンタ。小さなガラスケースの本棚に、分厚い英語の本が整列している。
コンピュータ周辺の各種デヴァイスは、コレクションを展示するように、壁際のラックに行儀よく置かれている。寝転べるサイズのソファの足下に、円盤型のお掃除ロボットが一台。
ソファの隣に、高さ二メートルくらいのガラス製の円筒がある。SF系のゲームにでも登場しそうな、一人用の脱出カプセルかコールドスリープ容器みたいな格好のそれは、3Dスキャナだ。
例えば、3Dスキャナでデータを読み取り、そのデータを3Dプリンタに流し込む。材料となるプラスチックをセットして、3Dプリンタの印刷スタートのボタンを押せば、どんな模型も簡単に出来上がる。
模型といっても、大学の工学部で作られるそれは、おもちゃではなくて、研究に役立てるためのものだ。
ロボット開発のシミュレーション実験に使うと聞いたことがある。実際のスケールより小さなサイズで作って、想定どおりに動くかどうかの実験。小さなサイズのほうが、コストが低くて済むから。
さっさと目的を遂げてしまおう。
「大丈夫。すぐ終わるし」
あたしはトートバッグをソファに投げ出すと、3Dスキャナの足下にある電源を入れた。ウィィ、と音がして、機械が動き出す。
電源の近くにある差込口に、データを記憶するための半導体メモリをセットする。ガラスのドアを開けて、3Dスキャナの中に入る。ドアを閉めたら、自動的にスキャンの準備が開始される。
空気が密閉された。外に置き去りのニーナは興奮して跳ね回って、ガラスにぽすぽす体当たりを繰り返す。
あたしの足下には、靴跡マークで立ち位置が示されている。少し足を開いた格好で、腕も軽く体から浮かせて、背筋を伸ばして、あごを引いて。
〈スキャンを開始します〉
目の前のガラスにそう表示されて、スリーカウント。
3、2、1。
0が表示されると同時に、足下から順にゆっくりと、円形の光がせり上がってくる。光はあたしの形を調べて読み取りながら上まで行って、頭のすぐ上で折り返して、足下まで戻る。
〈スキャンが終了しました。データを圧縮しています。半導体メモリを取り外さないでください〉
ガラスが開いて、あたしは外に出る。待つというほどのこともなく、機械が唸るのを止めた。電源のそばの小さなウィンドウに、出来上がりを告げるメッセージが現れる。
「よし、こっちはこれでオッケー」
あたしは半導体メモリをトートバッグの内ポケットに入れた。壁際のラックを見渡して、目的のものを探す。いや、探すってほどのこともない。毎日みたいに遊んでいたデヴァイスだから。
あった。
骨組みだけのヘルメット。そういう形をしている。ヘッドギアと呼ばれるデヴァイスだ。脳波の受信と微弱電流の送信によって、脳とコンピュータを直接つなぐ装置。
ヘッドギアを付けると、脳で念じるだけで、機械の操作ができる。
父の作ったこれは、主にゲームのコントローラとして動作する。世間で「最先端技術の有効活用だ」と称賛されるヘッドギアは、体が動かない患者さんの声や手の代わりにとして働くケースだ。
ただし、ヘッドギアに念じるにはコツがあるらしくて、母はほとんど機会を操作できなかった。父は五十パーセントくらいの成功率。でも、あたしはほぼ百パーセント、思いのままにできる。
あたしは、ラックからヘッドギアを取った。ヘッドギアと接続してヴァーチャル・リアリティを見るためのゴーグルも、一緒にバッグの中に入れる。
「使えるんだから、使わせてもらうね」
わざと声に出した。いちいち正当化しなきゃいけない。
3Dスキャナで取り出した立体画像データと、頭でイメージするとおりに直接コンピュータを操作できるデヴァイス。この二つがあれば、あたしはアイトと同じ形を持った存在になれる。アイトのそばに行ける。
イヤな予感はしていたんだけど、父の研究室にも鍵が掛かっていた。四桁の数字を入力するタイプの電子ロックだ。
「四桁か」
心当たりはある。父がデヴァイスやツールのパスワードに使う四桁。三パターンあるけど、片っ端から試してみようか。まさか間違えたら爆発するような仕掛けはないだろうし。
「どれだと思う、ニーナ?」
あたしより勘の鋭いニーナが、ふわっと飛んで、タッチパネルの7に触れた。ということは、あたしと母の誕生日を並べ替えて使う四桁だ。あたしは続きの三つの数字を入力する。
かちっ。
軽い音がして、あっさりとロックが解除された。ドアノブをひねる。どきどきと、心臓が速く高く鳴る。でも、不思議と、あたしは冷静だ。
シンプルな部屋だった。研究室と聞いて想像するような、大量の本やごちゃごちゃした実験用具はない。髪もほったらかしの父の部屋なのに、埃ひとつ落ちている気配もない。
機械たちがおとなしく鎮座している。唯一うるさいのは、寒いくらいの温度で回るエアコンだ。たぶん、計算室と同じ摂氏二十度。
広々としたデスク、その上には大きなコンピュータ。普通のプリンタと、3Dプリンタ。小さなガラスケースの本棚に、分厚い英語の本が整列している。
コンピュータ周辺の各種デヴァイスは、コレクションを展示するように、壁際のラックに行儀よく置かれている。寝転べるサイズのソファの足下に、円盤型のお掃除ロボットが一台。
ソファの隣に、高さ二メートルくらいのガラス製の円筒がある。SF系のゲームにでも登場しそうな、一人用の脱出カプセルかコールドスリープ容器みたいな格好のそれは、3Dスキャナだ。
例えば、3Dスキャナでデータを読み取り、そのデータを3Dプリンタに流し込む。材料となるプラスチックをセットして、3Dプリンタの印刷スタートのボタンを押せば、どんな模型も簡単に出来上がる。
模型といっても、大学の工学部で作られるそれは、おもちゃではなくて、研究に役立てるためのものだ。
ロボット開発のシミュレーション実験に使うと聞いたことがある。実際のスケールより小さなサイズで作って、想定どおりに動くかどうかの実験。小さなサイズのほうが、コストが低くて済むから。
さっさと目的を遂げてしまおう。
「大丈夫。すぐ終わるし」
あたしはトートバッグをソファに投げ出すと、3Dスキャナの足下にある電源を入れた。ウィィ、と音がして、機械が動き出す。
電源の近くにある差込口に、データを記憶するための半導体メモリをセットする。ガラスのドアを開けて、3Dスキャナの中に入る。ドアを閉めたら、自動的にスキャンの準備が開始される。
空気が密閉された。外に置き去りのニーナは興奮して跳ね回って、ガラスにぽすぽす体当たりを繰り返す。
あたしの足下には、靴跡マークで立ち位置が示されている。少し足を開いた格好で、腕も軽く体から浮かせて、背筋を伸ばして、あごを引いて。
〈スキャンを開始します〉
目の前のガラスにそう表示されて、スリーカウント。
3、2、1。
0が表示されると同時に、足下から順にゆっくりと、円形の光がせり上がってくる。光はあたしの形を調べて読み取りながら上まで行って、頭のすぐ上で折り返して、足下まで戻る。
〈スキャンが終了しました。データを圧縮しています。半導体メモリを取り外さないでください〉
ガラスが開いて、あたしは外に出る。待つというほどのこともなく、機械が唸るのを止めた。電源のそばの小さなウィンドウに、出来上がりを告げるメッセージが現れる。
「よし、こっちはこれでオッケー」
あたしは半導体メモリをトートバッグの内ポケットに入れた。壁際のラックを見渡して、目的のものを探す。いや、探すってほどのこともない。毎日みたいに遊んでいたデヴァイスだから。
あった。
骨組みだけのヘルメット。そういう形をしている。ヘッドギアと呼ばれるデヴァイスだ。脳波の受信と微弱電流の送信によって、脳とコンピュータを直接つなぐ装置。
ヘッドギアを付けると、脳で念じるだけで、機械の操作ができる。
父の作ったこれは、主にゲームのコントローラとして動作する。世間で「最先端技術の有効活用だ」と称賛されるヘッドギアは、体が動かない患者さんの声や手の代わりにとして働くケースだ。
ただし、ヘッドギアに念じるにはコツがあるらしくて、母はほとんど機会を操作できなかった。父は五十パーセントくらいの成功率。でも、あたしはほぼ百パーセント、思いのままにできる。
あたしは、ラックからヘッドギアを取った。ヘッドギアと接続してヴァーチャル・リアリティを見るためのゴーグルも、一緒にバッグの中に入れる。
「使えるんだから、使わせてもらうね」
わざと声に出した。いちいち正当化しなきゃいけない。
3Dスキャナで取り出した立体画像データと、頭でイメージするとおりに直接コンピュータを操作できるデヴァイス。この二つがあれば、あたしはアイトと同じ形を持った存在になれる。アイトのそばに行ける。