あの女、って呼ばれる。
 あたしの背中にぶつけるみたいに、聞こえよがしのおしゃべり。ありもしない噂を立てて、クスクス笑っている人たち。

 胃がキュッと縮こまる。肩がガチガチにこわばる。ニーナは机の中に隠れたまま、ピンク色をくすませて、ほとんど光らない。
 耳をふさぎたい。いや、ふさいだって、聞こえてしまう。だから、感覚器官を穴だらけにして、聞こえた言葉を全部、穴からこぼして流してやればいい。

 あの女、っていう言葉は不思議だ。ちょっと離れた場所にいる人で、性別が女である人。
 あたしと彼女たちの物理的な位置関係から言えば、確かに「この」じゃなくて「あの」だし、あたしは生物学的にも性自認においても「女」だ。どこにも間違った情報はない。
 それなのに、「あの女」っていう響きは、どうしてこんなにとげとげしくて意地悪で、見下したような冷たさを持っているんだろう?

 妖精持ちなんていう体質だから、あたしはあまり人に好かれた試しがない。妖精のニーナは、あたしの脳の働きと連動した、光る球体。「生理的に気持ち悪い」って、生まれてから今まで、何百回、聞こえてきただろう?
 気持ち悪いのかな。あたしはもう見慣れちゃって、そう思わないんだけどね。

「あの女さぁ、やっぱり、頭おかしいって」
「だよね~。あんなキモいモノ連れて、何で学校に来れるわけ?」
「何ていうか、ユーレイ連れてる感じ?」
「違うって。あの女自体がユーレイってか、化け物ってか」
「目が一個多いとか、腕が一本多いとか、そういう系だと思う」
「あ、それ、わかりやすい! そうそう、それ系のキモさ!」

 笑い声。ゲーッと嘔吐のふりをする声。爆笑。
 同じことをずっと言われ続けている。誰から? 覚えていないけれど。だから、もしかしたら、あたしのことを「あの女」って呼ぶ人たちは、毎回メンバーが違うのかもしれない。

 別に、どうだっていいや。
 クラスメイトの名前も顔も覚えていない。不自由しないし。一人で過ごすことには、とっくの昔に慣れたし。

 由緒正しき女子校、明精女子学院高校の二年三組。あたしは、自分の教室の場所を間違えず、自分の席がちゃんとあれば、今日も一日、学校生活を送ることができる。
 学校生活なんて、両親の希望に沿うこと以外の意味、一つもないけれど。

 家と学校の往復。ただそれだけの毎日。友達、ゼロ。学校で声を発すること、ほぼゼロ。
 テストの点は取れるほう。でも、成績は悪いほう。通知表に「非協力的な態度を直しなさい」と書かれたことが、一度や二度じゃない。
 別に、積極的に反抗しているわけではないんだけどな。先生方に対しても、クラスメイトに対しても。人に対して興味を持たないようにしているだけで。