工学部のエリアに入ると、見掛けるのは男の人ばかりになった。響告大学のように偏差値の高い学校では、理系学部は男子学生の割合が圧倒的に高いらしい。不思議だ。
父の研究室は、工学部の第二研究棟という建物にある。あたしは今からそこへ行って、盗みを働く計画だ。
盗むものは二つ。あたし自身を3Dスキャンして造るアバタのデータと、アバタを操作するためのデヴァイス。
父は二コマ連続の授業中で、最低でもあと三時間は研究室に戻ってこない。スキャニングに時間がかかったとしても、父がいない間に完了するはずだ。
悪いことをしようとしている。だからこそやってやるんだって、あたしは決めている。昨日の夜のことを思い出して、胸の内側がざわざわと波立った。
「許せないよね。もう、絶対に許せないし、信用できない」
何度も口に出す。そうすれば、罪悪感よりも嫌悪感が上回ってくれる気がして。
だって、実際、本当にイヤだったんだ。聞かれていたなんて。全部が筒抜けだっただなんて。
父は、あたしとアイトが話していることに気付いて、会話のログを追い掛けていた。
ちょっとしたおしゃべりも、家族や学校についての悩みも、だんだん人間っぽくなるアイトにどきどきしていたことも、父は全部、勝手にのぞいていた。
恥ずかしくて、許せない。しかも、父はあたしの気持ちを察しようとせず、謝るそぶりもなかった。
工学部第二研究棟の前にたどり着いたあたしは、スマホをトートバッグにしまった。ここから先はスマホなしだ。父の研究室は三階にある。
正面玄関を入って、事務室の前を急いで通り抜ける。静かだ。外は学生さんたちの声がしていたんだなと、今さらだけど気が付いた。
天井から吊られたパネルの案内に従って、エレベータホールへ進んでいく。角を曲がったら、すぐにエレベータが目に留まった。
でも。
「え、嘘」
エレベータホールは、分厚いガラスの大きなドアで、ぴったりと封鎖されている。ドアのそばにICチップ式の身分証をスキャンする機械がある。関係者以外は入れないんだ。
どうしよう? まさかこんな仕掛けがあるなんて、想像していなかった。誰か中から出てきてくれないかな? ドアが開いたら、その隙に中に入っちゃうんだけど。
ニーナがトートバッグから出てきた。ガラスのそばを飛びながら、白っぽくくすんで、ちかちかしている。少し薄暗い廊下では、ニーナの光がひどく明るく感じられる。
ふと。
「Yeah、やっぱりマドカだ。なぜここにいる?」
名前を呼ばれて、びくっとして振り返る。
「ナ、ナサニエルさん」
「後ろ姿で、もしかしてと思っていたら、ニーナがバッグから出てきた。どうした? 一ノ瀬教授に用事か?」
リュックサックを左肩に引っ掛けたナサニエルさんの、ジーンズの脚が長い。太いフレームのだて眼鏡。赤っぽい金髪のそばで、青い妖精、ダバが元気よく飛び回っている。
目立つなあ、と改めて思った。
鮮やかな色の髪に青い目で、背が高くてカッコよくて、しかも妖精まで連れている。雑貨屋コーラル・レインで会うとき以上に、外で会うナサニエルさんには視線を吸い寄せられてしまう。
父の研究室は、工学部の第二研究棟という建物にある。あたしは今からそこへ行って、盗みを働く計画だ。
盗むものは二つ。あたし自身を3Dスキャンして造るアバタのデータと、アバタを操作するためのデヴァイス。
父は二コマ連続の授業中で、最低でもあと三時間は研究室に戻ってこない。スキャニングに時間がかかったとしても、父がいない間に完了するはずだ。
悪いことをしようとしている。だからこそやってやるんだって、あたしは決めている。昨日の夜のことを思い出して、胸の内側がざわざわと波立った。
「許せないよね。もう、絶対に許せないし、信用できない」
何度も口に出す。そうすれば、罪悪感よりも嫌悪感が上回ってくれる気がして。
だって、実際、本当にイヤだったんだ。聞かれていたなんて。全部が筒抜けだっただなんて。
父は、あたしとアイトが話していることに気付いて、会話のログを追い掛けていた。
ちょっとしたおしゃべりも、家族や学校についての悩みも、だんだん人間っぽくなるアイトにどきどきしていたことも、父は全部、勝手にのぞいていた。
恥ずかしくて、許せない。しかも、父はあたしの気持ちを察しようとせず、謝るそぶりもなかった。
工学部第二研究棟の前にたどり着いたあたしは、スマホをトートバッグにしまった。ここから先はスマホなしだ。父の研究室は三階にある。
正面玄関を入って、事務室の前を急いで通り抜ける。静かだ。外は学生さんたちの声がしていたんだなと、今さらだけど気が付いた。
天井から吊られたパネルの案内に従って、エレベータホールへ進んでいく。角を曲がったら、すぐにエレベータが目に留まった。
でも。
「え、嘘」
エレベータホールは、分厚いガラスの大きなドアで、ぴったりと封鎖されている。ドアのそばにICチップ式の身分証をスキャンする機械がある。関係者以外は入れないんだ。
どうしよう? まさかこんな仕掛けがあるなんて、想像していなかった。誰か中から出てきてくれないかな? ドアが開いたら、その隙に中に入っちゃうんだけど。
ニーナがトートバッグから出てきた。ガラスのそばを飛びながら、白っぽくくすんで、ちかちかしている。少し薄暗い廊下では、ニーナの光がひどく明るく感じられる。
ふと。
「Yeah、やっぱりマドカだ。なぜここにいる?」
名前を呼ばれて、びくっとして振り返る。
「ナ、ナサニエルさん」
「後ろ姿で、もしかしてと思っていたら、ニーナがバッグから出てきた。どうした? 一ノ瀬教授に用事か?」
リュックサックを左肩に引っ掛けたナサニエルさんの、ジーンズの脚が長い。太いフレームのだて眼鏡。赤っぽい金髪のそばで、青い妖精、ダバが元気よく飛び回っている。
目立つなあ、と改めて思った。
鮮やかな色の髪に青い目で、背が高くてカッコよくて、しかも妖精まで連れている。雑貨屋コーラル・レインで会うとき以上に、外で会うナサニエルさんには視線を吸い寄せられてしまう。