悪びれない父を前に、母がまた、盛大にため息をついた。あたしは、上目づかいに母を見た。母は、頭痛がするみたいに額を押さえている。閉じた目の下に、くっきりと隈ができていた。
母があたしのほうを向く。あたしは目をそらした。
「マドカ、もう一回だけ訊くから、答えてちょうだい。これは本当に、重大なことなの。あの機械が動き出したのはいつ? 最初からあんなふうに普通に話すことができたの?」
「何でおかあさんに言わなきゃいけないの?」
「答えなさい。これは重大なことだって言ってるでしょう」
「何がどう重大なのか知らないけど、おかあさんが言うっておかしくない? 昔から、計算室の機械のことを話したら、すっごいイヤな顔してたのに」
「今回は、昔のゲームとは訳が違うのよ。マドカ、おかあさんの質問に答えなさい」
母の口調はせかすみたいで、あたしはいらいらしてくる。答えなさいって、何で命令されなきゃいけないんだろう?
あたしはニーナをつかんだまま、ガタッと音をたてて椅子を蹴って立ち上がった。
「時間に気付かずに遊んでて、すみませんでした。今から晩ごはん作ります」
テーブルの木目をにらみながら、投げ付けるように言った。マドカ、と母が声を尖らせる。もう、うるさい。
父が間延びしたような普段の調子で、母をなだめた。
「マドカを責めなくてもいい。ログは取ってあるんだ。実は、AITOが初期学習を終えて初めて発話した日時から、ずっとログを追い掛けていた。マドカに無理に話させる必要はないよ」
ログを追い掛けていた?
あたしはニーナを取り落とした。ニーナは、床に落ちる寸前に急転換して、天井近くまで飛び上がった。真っ赤な光を頭上に感じる。
「おとうさん、それって、全部聞いてたって意味? あたしとアイトが話したこと、全部?」
「ああ。AITOが初期学習を終えるのが想定より早くて驚いたんだが、うまく動作しているようでよかった。それに、通常学習の速度もずいぶん速くて、フレーム問題も上手に回避できている。これはきっと、マドカがうまく彼に学習の関心を……」
テーブルを叩く音と、椅子が床にぶつかった音。硬く大きな音が二つ重なって、ダイニングキッチンの空気を、びりっと震わせた。
あたしは吐き捨てた。
「娘の行動をのぞく父親とか、最低!」
胃が痛んで熱い。赤く光るニーナが、ぐるぐると飛び回る。
母が、はっとしたように背筋を伸ばして、父に詰め寄った。
「AITOが動き出したことに気付いていたの?」
「そりゃ気付くさ。それができるようにプログラムを組んでおいたんだから」
「どうして報告してくれなかったの! AITOに変化があれば、プロジェクトメンバーに情報を共有する約束だったでしょう!」
「まあ、それはそうなんだが……」
「マドカはプロジェクトについて何の知識もないのよ。専門家でない人間が入り込むべきではないわ。マドカが関わることでどんな障害が引き起こされるか、誰にも予測できないんだから」
母があたしのほうを向く。あたしは目をそらした。
「マドカ、もう一回だけ訊くから、答えてちょうだい。これは本当に、重大なことなの。あの機械が動き出したのはいつ? 最初からあんなふうに普通に話すことができたの?」
「何でおかあさんに言わなきゃいけないの?」
「答えなさい。これは重大なことだって言ってるでしょう」
「何がどう重大なのか知らないけど、おかあさんが言うっておかしくない? 昔から、計算室の機械のことを話したら、すっごいイヤな顔してたのに」
「今回は、昔のゲームとは訳が違うのよ。マドカ、おかあさんの質問に答えなさい」
母の口調はせかすみたいで、あたしはいらいらしてくる。答えなさいって、何で命令されなきゃいけないんだろう?
あたしはニーナをつかんだまま、ガタッと音をたてて椅子を蹴って立ち上がった。
「時間に気付かずに遊んでて、すみませんでした。今から晩ごはん作ります」
テーブルの木目をにらみながら、投げ付けるように言った。マドカ、と母が声を尖らせる。もう、うるさい。
父が間延びしたような普段の調子で、母をなだめた。
「マドカを責めなくてもいい。ログは取ってあるんだ。実は、AITOが初期学習を終えて初めて発話した日時から、ずっとログを追い掛けていた。マドカに無理に話させる必要はないよ」
ログを追い掛けていた?
あたしはニーナを取り落とした。ニーナは、床に落ちる寸前に急転換して、天井近くまで飛び上がった。真っ赤な光を頭上に感じる。
「おとうさん、それって、全部聞いてたって意味? あたしとアイトが話したこと、全部?」
「ああ。AITOが初期学習を終えるのが想定より早くて驚いたんだが、うまく動作しているようでよかった。それに、通常学習の速度もずいぶん速くて、フレーム問題も上手に回避できている。これはきっと、マドカがうまく彼に学習の関心を……」
テーブルを叩く音と、椅子が床にぶつかった音。硬く大きな音が二つ重なって、ダイニングキッチンの空気を、びりっと震わせた。
あたしは吐き捨てた。
「娘の行動をのぞく父親とか、最低!」
胃が痛んで熱い。赤く光るニーナが、ぐるぐると飛び回る。
母が、はっとしたように背筋を伸ばして、父に詰め寄った。
「AITOが動き出したことに気付いていたの?」
「そりゃ気付くさ。それができるようにプログラムを組んでおいたんだから」
「どうして報告してくれなかったの! AITOに変化があれば、プロジェクトメンバーに情報を共有する約束だったでしょう!」
「まあ、それはそうなんだが……」
「マドカはプロジェクトについて何の知識もないのよ。専門家でない人間が入り込むべきではないわ。マドカが関わることでどんな障害が引き起こされるか、誰にも予測できないんだから」