計算室に乱入した母が見た光景は、母の口から理路整然と、父に説明された。あたし自身の口からも説明しろと、母はさっきから何度もあたしをせっついてくる。

「マドカ、どうして黙ってばかりなのよ? 計算室の機械がおとうさんの研究にとって特別なものであることは、起動してすぐにわかったでしょう? あなたが勝手にいじっていいものではないのよ」

 もうやめてよ。頭ががんがんするような声。きつい口調で言われれば言われるほど、答える気が失せていく。

「ちょっと、マドカ、聞いてるの? 何度も同じことを言わせないで」
「じゃあ、何度も言わなきゃいいじゃん」
「マドカが何も返事をしないからでしょう! あれは、本当に重要なプロジェクトなのよ! それをあんな勝手に……」
「本当に重要って、それじゃあ勝手にいじれるとこに置かなきゃいいでしょ。いくらここがキャンパス内だからって、研究室じゃないんだよ。研究なら、家じゃない場所でやってよ」

 母が、はっきりと大きなため息をついた。母の矛先が父に向けられる。
「マドカの言うのも正論ね。計算室を家に造ったのが間違いだったわ。家に仕事を持ち帰るのは禁止って、結婚するときに決めたのに」
 両親の会話のリズムは、バランスが崩れている。母が怒った口調になっても、父はそれを感じていないのか、のんびりした態度のままだ。

「でもなあ、今回のプロジェクトはきみのフィールドでもあるし。きみの研究室には、あの機械を設置できるスペースもないんだろう?」
「そうね。わたしの研究室では、ほかの機器と干渉する恐れがある。だから、あなたに頼んだの。あなたの学部の棟になら、まだ空室があるでしょう」
「居室の使用許可を取るのが大変なんだよ。一方、我が家の計算室なら、誰の許可もいらないじゃないか。一階だから、運搬や設置もスムーズだったし」

 ああ、そうだ。思い出した。
 昔あったコンピュータと今のアイトのコンピュータを入れ替えたのは、去年の春だ。引っ越しトラックよりも頑丈そうな運搬車が家の前に停まって、家の中に知らない人が入って、作業をしていた。

 ニーナがついつい廊下をうろついて、運搬車の人たちに目撃された。悲鳴を上げられて、階段の踊り場に隠れたあたしは、うずくまって息を殺していた。
 イヤな記憶だった。だから、忘れようと努力した。そして、忘れていた。思い出したくなかったのに。

 あの日、コンピュータの入れ替えのために、計算室のドアが、いったん取り外された。ドアを付け直したとき、どこかが歪んでしまって、鍵が掛からなくなった。
 鍵は、小さいころのあたしが計算室に一人で勝手に入らないためのものだった。去年の春に鍵が壊れたころには、あたしはとっくに、父やその周辺のあれこれを避けるようになっていたから、鍵は直されなかった。