壁を感じた。ぺらぺらと日本語をしゃべるナサニエルさんのことを、はっきりと、外国人なんだと感じた。
 ナサニエルさんが経験してきた文化の中では、妖精は美しいものだ。でも、あたしの知っている文化の中ではそうじゃない。あたしがどんなに、ニーナはかわいいんだって言い張っても、誰もそれを認めない。

 いや、本当は、まわりに認められなくてもいいはずだ。あたし自身が、自分とニーナのことだけ信じていれば十分だ。
 でも、わかっていても、あたしは弱くてダメなんだ。信じ切ることができない。ニーナを守ってやることができない。

 マァナとダバの輝きは美しくて、白と青の妖精を見つめて微笑むナサニエルさんのブルーの目も美しい。その美しい色を、美しいと感じるままに、あたしも堂々とうなずいてみたい。
 そんなこと、できない。怖くて、できない。黙って息を殺しているから、あたしは今、学校という世界で、攻撃を受けずに済んでいる。その均衡を壊すことは、怖い。

 ああ、どうしてこんなに弱いんだろう? 息を殺すのは苦しいのに。ぶち破って逃げ出したいのに。自由になってみたいのに。
 ユキさんとナサニエルさんをうらやむばっかりのちっぽけな自分に、涙が出そうだ。

「マドカちゃん?」
 うつむいたあたしの額に、ユキさんの心配そうな声が触れる。
 ごめんなさい。今は、ユキさんの優しさはほしくない。だって、ナサニエルさんと同じ価値観になれたユキさんは、ずるい。

「ユキさんには、吹っ切れるきっかけがあった。でも、あたしは、学校っていう狭い世界に閉じ込められたままです」
 八つ当たりみたいな、きつい語調。ユキさんが戸惑っているのがわかる。マァナが白く明滅しながら、あたしの顔を見上げるように、低いところを飛んでいる。

 ナサニエルさんが言った。
「閉じ込められている? そんなことないだろ。マドカの親父さんは、あの一ノ瀬教授なんだから、マドカはもっとエンジョイできるはずだ」

 あたしは、うつむいたままの顔をしかめた。
「どういう意味ですか?」
「言い方、おかしかった? 一ノ瀬教授という、ユニークな価値観を持つ人が、マドカの身近にいる。マドカは、相談してみるべきだ」
「あの人は、ただの変人です。あたしの学校がどんな状況か、あたしがどんな思いでいるのか、どうせ何もわからない」

 父は子どものころから、頭がいい変人であることを自覚して、それを誇りに思って生きてきた人だ。そんな人が、他人と違うせいで苦しいっていうあたしの悩みを、きちんと理解できるはずもない。