「オーストラリアの学校、楽しかったですか?」
「楽しかったけど、不思議だった。外国人であることも、妖精持ちであることも、学校のみんなはわかっていて、それなのに、普通に受け入れてくれるの」

「想像つかないです」
「そうだよね。ホームステイをする前の自分には、どれだけ言葉を尽くしても、説明できない気がする。世界が広いことを知るには、自分で経験するしかないと思うの」

 ナサニエルさんが、ユキさんの髪を、さらっとすくい上げた。その手の形がすごくきれいで、あたしはどきっとして、慌てて目をそらした。
 白い妖精と青い妖精が、二重らせんを描いて踊っている。
 ナサニエルさんはユキさんの顔をのぞき込んで言った。

「ユキは、英語ができたし、絵も得意だったし、かわいかったし、年上だから当然だけど、勉強もできた。なのに、いつも目を伏せて、自信がないみたいだった。そういうところが、おれにとって不思議だったよ」
「自信なんて持てるはずなかったもの。中学時代は、空気と同じ扱いを受けてた。存在がないことにされて、グループ分けの名簿の中に名前がなかったりしたの」

 同じだ。あたしも、まさに先週、修学旅行の班分けで、クラス全員から存在を無視された。結局、担任の先生の判断で、単独行動が特例的に許された。
 何それって感じ。特別扱いしてやるから恩に着ろって? ふざけないでほしい。別に今さら、どこかの班に入れてほしいわけじゃないけど。

 ナサニエルさんの肩に、白いマァナが舞い降りた。青いダバもマァナに寄り添う。ニーナだけが天井近くで迷子だ。ナサニエルさんはニーナを見上げて、ふっと笑った。

「日本人の価値観に驚かされることは、いろいろある。でも、いちばん驚かされたのは、妖精が忌み嫌われることだ」
 はっきり言われると、気分が沈む。
「当然のことです。人と違うっていうのは、大きなハンディで」

「オーストラリアでは、珍しいとは言われても、不吉だとは言われない。美しいと言ってくれる人のほうが多い」
「え?」
「だって、美しいだろう?」
「それは、だけど……」

「オーストラリアの先住民、アボリジニには、数多くの部族が存在するが、彼らの共通の価値観として、大自然に住む精霊を敬った。妖精もその仲間だとして、彼らは敬っていた」
「そういう文化は、日本にだって昔はあったけど、変わっちゃったじゃないですか。妖精なんか近代的じゃないって、明治時代から言われ始めて」

「日本とオーストラリアで、そのあたりに明らかな違いが出たのは、どうしてだったんだろうな。定説はない。ただ、オーストラリアは移民の国で、本国を離れて新天地を求める人々には、妖精持ちが比較的多かったことは、理由の一つだろう」

 どんどん居心地の悪いほうへ、話が進んでいくように思う。外国のことなんて、あたしには関係ない。あたしには、そんな遠くに逃げ出せる力もないんだし。

「どっちにしたって、ここは日本で、妖精は嫌われる。その事実は変わらないでしょ?」
「だったら、何だっていうんだ? 妖精は美しい。その事実は変わらないだろう?」
「何でそんなこと言い切れるんですか?」

「妖精は、人間の脳の一部といわれている。つまり、人間のマインド、ソウル、スピリット、ハート、メモリー、そういう形のない根源的な部分のいちばんピュアな姿が、光り輝く妖精なんだ。この現象のあり方そのものが美しいと、おれは思う」