「二人とも、別世界の住人だな」
 ため息をついたら、ユキさんがきょとんとして、あたしの顔をのぞき込んだ。
「どうしたの? 別世界って?」

「妖精持ちなのに、ユキさんもナサニエルさんもモテるから。あたしなんて、普通に恋ができるなんて、想像したこともなかったですよ」
「わたしもそうだったよ。恋愛には無縁のまま終わると思ってた」
「信じられません」

「本当だよ。中学校時代のことは記憶が飛んでしまってるくらい、学校っていう世界が苦手で仕方なかった。学校っていう世界から、早く逃げ出したくて仕方なかった」
「ユキさんも……」
「うん。でもね、それは、学校っていう狭い場所が世界のすべてだと思っていたせいなの。そうじゃなかった。世界は、もっと広かった」

 ユキさんは、壁の高いところに飾られた絵を見上げた。ユキさんが描いた絵だ。非売品です、と、ユキさんの丁寧な字で、断り書きが添えられている。
 非売品の絵は二枚ある。

 一枚は、青を基調にした、海と少年とドラゴンの絵。赤みがかった金髪の、そばかすのある少年は、ナサニエルさんがモデルだろう。とすると、淡く澄んだ輝きのブルードラゴンは、ナサニエルさんの妖精、ダバだ。

 もう一枚の絵は、緑の森の中。髪の長い、白い服の少女が、じっとこちらを見つめて、はだしで立っている。ユキさんの妖精、マァナみたいな白い光がたくさん飛び交って、闇深い森を一生懸命に照らそうとしている。

 どちらも、ユキさんが十五歳のころに描いて賞を獲った絵らしい。幻想的な絵の中に描き込まれた光は、本当に輝いているように見える。特別な才能があるって、うらやましい。
 ユキさんが絵からあたしへと視線を戻して、にっこりした。

「あの絵は、吹っ切れたから描けたの。吹っ切れる前は、学校こそが世界のすべてだと思い込んで、世界の全部に嫌われてるような気がしてた。そうじゃないんだって教わったの」
「吹っ切れたって、十五歳のときですか? 確か、通信制の高校でしたよね?」

「うん。通信制の高校は刺激的だった。月に何回かの登校日に出会うクラスメイトは、変わった人ばっかりで、わたしはその一員だったの。クラスリーダーは車椅子スポーツのアスリートで、マァナをすごくかわいがってくれた」
「うらやましい」

 やっぱり、あたし、学校をやめたい。
 高校や大学に通って、何になるっていうんだろう? 高卒や大卒の文言が、就職に必要だから? あたしは、将来やりたいことなんて、一つもないのに。
 ユキさんはあたしの内心を見透かすみたいに、でもね、と続けた。

「わたしに世界の広さを教えてくれたのは、毎日通う学校っていう場所だったんだよ。わたし、嫌ってたはずの普通の学校に、もう一回行ったの」
「え? どういうことですか?」
「高校一年の夏休み、オーストラリアのホームステイに引っ張っていかれた。わたし、小さいころから知人の英会話教室を手伝ってたんだけど、そこの先生に無理やり」

「オーストラリアまで連れていかれたんですか?」
「うん。二週間。他人の家に泊まるなんて、初めてだった。しかも、気付いたら、現地の学校に通うことになってたんだよね。最初は本当に怖くて、不安で」

 他人の家での外泊といっても、スケールが違う。日本とオーストラリアの間には広々とした太平洋が横たわっていて、逃げ帰ることもできない。
 想像してみて、頭痛がした。あり得ない。

「あ、オーストラリアってことは、もしかして、そのときにナサニエルさんと出会ったんですか?」
「そういうこと。わたしのステイ先がナサニエルの家で、学校でも同じクラスだったの」

 前言撤回。それなら、頭痛なんてしない。自分と同じ妖精持ちの、青い目の美少年との同居生活。ずるすぎる。