白い妖精は、ユキさんの背中の後ろから、おそるおそる出てきた。青い妖精は、白い妖精を気遣うように、押したり持ち上げたりと、せわしなく動いている。
 あたしとニーナに驚いた白い妖精は、ユキさんの感情そのものだ。ユキさんって、本当は人見知りするのかもしれない。

 ユキさんは、ナサニエルさんの手の中にいるニーナに、にっこりと目を細めた。
「マドカちゃんの妖精、きれいな色だね。後で描かせてもらってもいい?」
「あ、はい。どうぞ」
 ユキさんの本業は、雑貨屋の店主でも英会話の先生でもなく、イラストレーターだ。光の描き方が独特なのが、国内外を問わず人気なんだって。母からの情報。

 短いあいさつを交わした後は、店の奥のテーブルで、ユキさんから中学英語の最初のほうを教わった。どうしてこれがわからなかったんだろうっていうくらい、簡単な内容だった。
 ユキさんの教え方も上手なんだと思う。ユキさんの優しい声で読み上げられる英文はかわいらしくて、イヤだとか怖いとかいうあたしの気持ちが、スッと溶けてなくなっていく。

 途中で、急に誉められた。
「マドカちゃん、すごいね。飲み込みが速い」
 誉められるって、いつ以来? あたしは、どういう反応をするのがいいか、わからなかった。ごまかし笑いみたいな、中途半端な顔になってしまった。

「そ、そうですか?」
「うん。このぶんなら、すぐに高校の内容にも追い付くよ」
「だったら、いいんですけど」
「大丈夫だよ。わたしも、学校の授業は頼りにしてなかったけど、ちゃんと高校は出られたし、こうやって英語を教えることもできてるし」

 ユキさんは、ほんわかした笑顔のまま、ちょっと強気なことを言ってのけた。学校の授業、もしかして、サボったりしていたのかな?
 勉強のほうは、すごくいい環境だった。でも、あたしの集中力が切れるたびに、ニーナがナサニエルさんにまとわり付きに行った。あれはもう、恥ずかしくて仕方なかった。

「ナサニエル、マドカちゃんの妖精になつかれちゃったね」
 あたしの授業が終わった後、ユキさんはニーナを見つめて、ほわっと笑った。

 ナサニエルさんは肩をすくめて、眉を段違いにした。日本語が完璧なナサニエルさんだけど、ときどき口を突く感嘆詞とか、ジェスチャーや表情とかは、完璧に欧米人だ。

「なつかれても、そうそう構ってやれないんだけどな。おれは、ユキのことだけで精いっぱいだ」

 おれに惚れても無駄だ、っていう副音声がひしひしと伝わってきた。はい、ごめんなさい。
 ナサニエルさんのアイスブルーの目は、微笑んでいても、冴え冴えとして鋭い。その目に心の全部を見抜かれてしまいそうで、あたしはちょっと小さくなっていた。