あたしの初恋は、一瞬で相手にバレて、すかさずスマートにふられて終了した。
 ちょうど一年前、高校一年の十月のことだ。母に行かされた英会話教室で、あたしは一目惚れしてしまった。

 あたしは、英語の成績だけ壊滅的に悪かった。というのも、中学時代の三年間、英語の先生が最悪だったから、授業なんか聞けるはずがなかったんだ。
 その先生は、妖精持ちのあたしのことはもちろん、容姿や声に特徴がある子を冷やかしてばかりいた。どんなに無視しようと頑張っても、ニヤニヤしながら、しつこいの。

 中三の終わりごろになって、先生からのいやがらせがきついって声を上げた子がいて、ようやく問題が表に現れた。先生は謝罪せず、言い訳だけをした。
 愛のある冗談のつもりだった、と。からかっただけじゃないか、と。エンタメ動画でよくあるいじりだよ、と。
 こういうことがたびたび起こるから、あたしは人間なんて嫌いだって叫びたくなるし、こんな世界なんか終わっちゃえって思うこともあるし。

 とにかく、そんなわけで、中学英語の基礎すら危うかったあたしのために、母が探し出したのが、雑貨屋コーラル・レインの個人英会話教室だった。
 どういうきっかけがあって母がコーラル・レインを見付けたのか、あたしは知らない。でも、母に押し切られて、しぶしぶコーラル・レインに通うことになった。

 初日から、忙しすぎる母は、一緒に来なかった。あたしは一人で、響告大学からほど近い学生街の一角にあるコーラル・レインを訪れた。
 雑貨屋の扉を開けた途端、とにかくびっくりした。真っ白な妖精と青く透き通った妖精が、天井のあたりで、くるくる追い掛け合って飛んでいたんだ。

 小柄で髪の長い女の人が、店の奥から出てきた。
「いらっしゃいませ。きみがマドカちゃん、だよね? 初めまして。わたし、ユキです。ここで簡単な英会話や英語の勉強を教えてるの」
 コーラル・レインの店主、ユキは、あたしより十歳年上だ。でも、ふわっと微笑んだ顔立ちも、シンプルなファッションの華奢な体つきも、まだ十代で通用しそうだった。

 白い妖精は、あたしとニーナの出現に驚いたらしくて、ユキさんの背中に素早く隠れてしまった。
 青いほうの妖精は余裕たっぷりで、あたしとニーナを観察するみたいに、ぐるっと大回りに飛んでいる。

 ふと、店の奥から、背の高い男の人が出てきた。カッコいい! というのが第一印象。あたしは彼に目を奪われた。
 外国人だった。赤みがかった金髪に、白い肌。瞳の色は、妖精と同じ、透き通ったブルー。そう。青い妖精の宿主はきっと彼だろうって、あたしは直感した。

「ようこそ、マドカ。おれはナサニエル。英語を教えるユキのアシスタントだ」
 発音もイントネーションも完璧な日本語だった。唇の片方をキュッと持ち上げる笑い方がまた、カッコよすぎる。
 ナサニエルさんは、耳が少し尖った形で、頬には薄くそばかすの痕がある。でも、それさえ、欠点なんかじゃなくて、チャームポイントだ。

 息苦しいほど、どきどきした。一目惚れってこういうことか。どうしよう? こんなカッコいい人がいたら、勉強どころじゃない。
 あたしがめまいを起こしかけた、そのときだ。

「あっ、ニーナ!」
 ヤバいと思った瞬間にはもう遅くて、ニーナは、ナサニエルさんのほうへ突っ込んでいっていた。鮮やかなピンク色にきらめきながら、ナサニエルさんの胸に、ぴたっとくっつく。

 やめてよ、もう。ニーナ、戻ってよ。
 ニーナはあたしの片割れで、あたしが表に出さない本心を、何のてらいもなく表現してしまう。つまり、ぽーっと立ち尽くしてナサニエルさんに見惚れるあたしの本心は、ニーナみたいに。
 ナサニエルさんはニーナを抱き留めて、青い目を丸くして、でもすぐに、ふっと笑った。あたしをチラッと見る。あたしは、顔から火を噴きそうだった。

「ご、ごめんなさい、あの」
「どうして謝る?」

 ナサニエルさんは、離れようとしないニーナを抱いたまま、さりげなくユキさんに近付くと、ユキさんの髪をさらさらと撫でた。
 あ、そういうこと。
 熱くときめいた胸が、急速に冷えてしぼんだ。ナサニエルさんとユキさんの距離は、明らかに恋人同士のものだと、恋愛経験のないあたしにもわかった。