「ずっと前、おかあさんに、妖精研究はタブーが多いから、二十一世紀に入ってからは、誰もやってないって言われたの。あっ、アイト、検索しちゃダメだよ」
「了解しました。検索しません。なぜ検索してはならないのですか?」

「二十世紀には大きな戦争が世界じゅうでいくつもあって、その中で、人間を実験動物みたいに扱うことが繰り返されたんだって。妖精研究も、その一つ。アイトの保護フィルター、残酷なものは見せないようになってるでしょ?」
「そのとおりです。妖精研究を検索することは、残酷なのですか?」

「引っ掛かるんじゃないかなって思うよ。アイトのコンピュータに負担がかかっちゃう。だから、この話はもうやめよう?」
「はい。すでに負担が大きくなってきています」

 フィーン、と音を立てるコンピュータは確かにかなり熱いようで、自動制御のエアコンがパワーを強めた。
 あたしは冷風をまともに受けてしまって、ぶるっと震えた。風をよけて、少しでも暖かい場所を移す。

「どうしましたか?」
「エアコンの風が冷たいの」
「冷たい?」
「アイトには、寒いとか暑いとか、わからないかな? エアコンの風が当たる感触も、風の温度が冷たいことも、皮膚でキャッチする情報なんだよ」

「AITOの部屋は、摂氏二十度に設定されています。AITOの体温は、今は、摂氏三十六度二分です」
「設定が細かいなあ。アイトはけっこう温かそうな服を着てるから、こっちの部屋と同じ気温でも、寒くないかもね」

 アイトの服装は初日からずっと同じで、白いタートルネックのニットと、白いスラックスだ。ちらっと見えたことのあるスニーカーも白だった。

「温かそうな、服?」
 アイトはセーターに触れながら、小首をかしげた。あたしは、肩の上のニーナを手のひらの上に移した。あたしの冷えた手より、ニーナのほうが温かい。
「比べる相手がいないと、わかりにくいかな。温かさや冷たさとか、柔らかさとか、背の高さとか」

「比べるためには、あなたの情報が電子的に変換されて、この部屋に入ります。そうすれば、AITOは、自分とあなたを比較します」
「そうだね。あたしがアイトの部屋に行けばいいね。画面の中に入り込むみたいに、分身《アバタ》を操作して、アイトと……」

 途中まで冗談のつもりで言いながら、あたしは、あることを思い出して息を呑んだ。あたしのひらめきに連動したニーナが、ちかっと明るく光る。
 アイトは、唐突なニーナの光に驚いたらしく、目を丸くした。あたしは、自分のアイディアに興奮してしまって、思わずディスプレイに貼り付いた。

「できるよ! あたし、アイトの部屋に入っていける!」
「それは、あなたの情報をこの部屋の中に転送できる、ということですか?」
「うん。そういうことができそうな機械を知ってるの。何年か前におとうさんが開発した機械。あたしは使い方を知ってるから、今度、試してみるよ!」

 あたしが小学生のころ、父がその機械であたしのアバタを作って、ゲームの中に転送して、遊ばせてくれた。あの機械があれば、あたしはアイトの部屋に入れる。
 問題は、その機械がどこに置かれているか、だ。昔はこの計算室にあったんだけど。

 アイトが微笑んだ。
「AITOは、あなたがこの部屋に来る日を、楽しみにしています」
「うん、あたしも楽しみ。待っててね、アイト」
 どきどきしながらアイトの笑顔を見上げるあたしに、アイトは、ゆっくりとうなずいた。