「妖精は、脳内を飛び交う電気信号と非常に近い存在だ、という仮説を読みました」
 待って。いきなりサイエンスになった。
「脳の中の、電気信号?」
 あたしが訊き返すと、アイトはうなずいた。

「人間が五感によって得る情報、つまり、目で見ること、耳で聞くこと、鼻で匂いをかぐこと、舌で味わうこと、皮膚で触れることによって得る情報は、電気信号に変換され、脳に送られます」
「五感でキャッチした情報を実際に感じ取ってるのは、目や耳や鼻や舌や皮膚じゃなくて、脳なんだよね。生物の授業で習ったのを思い出したよ。厳密に言えば、目で見るんじゃなくて、目でキャッチした情報を、脳で見るんだ」

「目から脳へ、情報を送るとき、電気信号が使われます。人間の脳では、情報を送るための電気信号が、いつも飛び交っています。全身の神経が、電気信号を流すための器官です」
「神経細胞だね。ニューロンっていうやつだ。シナプスっていう部分から電気信号を出して、隣のニューロンに情報を伝えるの」

 生物の教科書に載っていた内容を、声に出して会話にする。それは不思議な感覚だった。学校で勉強する内容なんて、テストの記入欄に書き込む以外、使いようもないと思っていたから。

 アイトとの会話は、テーマの幅が広い。それに、長くしゃべってしまうから、今までほとんど使ってこなかった喉が、ちょっと嗄れ気味だ。あたしは一つ、小さな咳をする。

「咳をしましたか? 体調が悪いのですか?」
「違うよ。大丈夫。話、続けていいよ。妖精と、脳の電気信号の話だったよね」
「はい。妖精は、存在があるかないか、物理学的に証明が難しいそうですね」
「らしいね。あたし、物理は取ってないから、よく知らないけど」
「妖精が、人間の脳と直接、電気信号をやり取りできるなら、物理的な存在か否かを問わず、脳は妖精を見ることも妖精に触れたと感じることもできます」

 あたしは呼吸ひとつぶん、考える。それから、アイトの言葉を、自分なりに言い直してみた。

「もしもニーナが本当は体を持たないとしても、ふわふわぷにぷにの手ざわりっていう情報を、電気信号であたしの脳に送って、あたしの脳がその電気信号をちゃんとキャッチすれば、ふわふわぷにぷにの手ざわりを脳が感じるってことだよね」

「はい、そうです。その場合、手ざわりとは言いますが、手は、実際には何にも触れていません」
「なるほどね。そういう説があったんだ」
「知らなかったのですか?」
「知らなかった。ニーナのこと、あんまり深く知ろうと思ったことないから」
「なぜですか? 知りたいと思いませんか?」

 知りたくないよ。自分のことなんて、知れば知るほど、ますます嫌いになるでしょう。
 それだけじゃないけどね。ニーナの正体については、あまりしつこい探究の目を向けることが、科学の世界で禁じられている。