ディスプレイ越しに、彼を見付けた。
呼ばれている、と感じたんだ。妖精持ちのあたしは特別に勘が鋭いから、聞こえないはずの声が、ときどき聞こえる。
彼が呼んだんだ、と直感した。あたしは一歩、ディスプレイに近付いた。
大きなディスプレイは、まるで窓だった。ごく薄いプラスチックの透明な板みたいな、有機ELディスプレイの向こう側に、壁も天井も黒い、小さな部屋がある。
彼はその黒い部屋の中に立って、こっちを向いていた。
本物の人間の映像かと、最初は思った。それくらい、髪や服の質感にリアリティがあったし、ゆっくり首を動かしたりまばたきをしたりする動作も滑らかだった。
でも、違う。これ、コンピュータ・グラフィックスだ。
コンピュータ・グラフィックス特有のつるりとした肌は、まったく日焼けしていない様子で、真っ白だ。部屋が暗いのに、肌の色が明るすぎて、彼自身が内側から輝いているみたいだった。
美しい人、だと思った。
同い年くらいの男の子に対して、美しいと思ったんだ。美しいなんていう言葉、今まで使ったこともなかったけれど。
彼には、イケメンとかカッコいいとかじゃなくて、美しいという言葉がしっくり来る。彼に目を奪われたあたしは、呑み込んだ息をうまく吐き出せなくて、胸が苦しい。
妖精のニーナが、まっすぐ彼のほうへ飛んで行こうとして、ディスプレイに突撃した。あえなく、ぽふんと跳ね返されたニーナは、淡いピンク色の光を蛍みたいに明滅させて、うろうろと残念そうに、ディスプレイのそばをさまよった。
彼のまなざしがニーナを追った。まなざしとは言っても、目だけじゃなく顔全体の角度を変えながら、ニーナの光を追う。その動きは、人形っぽいというか、ぎこちないというか、何だか違和感があった。
あたしは小首をかしげた。
一体、彼は「何」?
そう、あたしの胸には、「何」という疑問が起こっていた。彼は「誰」、ではなくて。
ここは、計算室と父が呼ぶ、四畳半くらいの狭い空間だ。有機ELの大きなディスプレイが壁に貼られている。コンピュータの本体は右の壁際に、ありふれたデスクが左の壁際に置かれている。コンピュータの稼働音が、低く高く、鳴り続けている。
計算室には、ときどきこっそり入ったりする。おもしろいものは何もない場所。ただ、コンピュータがうなっているだけ。その排熱が、エアコンでひんやりと保たれた空気を掻き混ぜている。
明かりも点けないまま、黙って一人で膝を抱えて、ニーナが淡いピンク色の光を放つのを眺める。そういう一人の時間のために、計算室はぴったりな場所だった。
前に計算室に来たのは、いつだったっけ?
高二になってからも来たっけ? 高一のころ? 中学のころ? 思い出せない。
小学校の前半までは、父と一緒にゲームをするための部屋だった。いつゲームをやらなくなったんだっけ? そのころ使っていたコンピュータを今のものに取り換えたの、いつだったっけ?
あんまり覚えていない。記憶は、できるだけしないようにって、決めているから。見ることも聞くことも、感覚をなるべく薄くしてね。そうじゃないと、あたし、生きていられないから。
あたしが見たことのある計算室の情景は、ディスプレイの中に黒くて小さな部屋が映し出されている、それだけだった。
いつからディスプレイの中に彼がいたのか、わからない。でも、昨日とか今日とか、本当にごく最近からじゃないかなって、何となく思う。
呼ばれている、と感じたんだ。妖精持ちのあたしは特別に勘が鋭いから、聞こえないはずの声が、ときどき聞こえる。
彼が呼んだんだ、と直感した。あたしは一歩、ディスプレイに近付いた。
大きなディスプレイは、まるで窓だった。ごく薄いプラスチックの透明な板みたいな、有機ELディスプレイの向こう側に、壁も天井も黒い、小さな部屋がある。
彼はその黒い部屋の中に立って、こっちを向いていた。
本物の人間の映像かと、最初は思った。それくらい、髪や服の質感にリアリティがあったし、ゆっくり首を動かしたりまばたきをしたりする動作も滑らかだった。
でも、違う。これ、コンピュータ・グラフィックスだ。
コンピュータ・グラフィックス特有のつるりとした肌は、まったく日焼けしていない様子で、真っ白だ。部屋が暗いのに、肌の色が明るすぎて、彼自身が内側から輝いているみたいだった。
美しい人、だと思った。
同い年くらいの男の子に対して、美しいと思ったんだ。美しいなんていう言葉、今まで使ったこともなかったけれど。
彼には、イケメンとかカッコいいとかじゃなくて、美しいという言葉がしっくり来る。彼に目を奪われたあたしは、呑み込んだ息をうまく吐き出せなくて、胸が苦しい。
妖精のニーナが、まっすぐ彼のほうへ飛んで行こうとして、ディスプレイに突撃した。あえなく、ぽふんと跳ね返されたニーナは、淡いピンク色の光を蛍みたいに明滅させて、うろうろと残念そうに、ディスプレイのそばをさまよった。
彼のまなざしがニーナを追った。まなざしとは言っても、目だけじゃなく顔全体の角度を変えながら、ニーナの光を追う。その動きは、人形っぽいというか、ぎこちないというか、何だか違和感があった。
あたしは小首をかしげた。
一体、彼は「何」?
そう、あたしの胸には、「何」という疑問が起こっていた。彼は「誰」、ではなくて。
ここは、計算室と父が呼ぶ、四畳半くらいの狭い空間だ。有機ELの大きなディスプレイが壁に貼られている。コンピュータの本体は右の壁際に、ありふれたデスクが左の壁際に置かれている。コンピュータの稼働音が、低く高く、鳴り続けている。
計算室には、ときどきこっそり入ったりする。おもしろいものは何もない場所。ただ、コンピュータがうなっているだけ。その排熱が、エアコンでひんやりと保たれた空気を掻き混ぜている。
明かりも点けないまま、黙って一人で膝を抱えて、ニーナが淡いピンク色の光を放つのを眺める。そういう一人の時間のために、計算室はぴったりな場所だった。
前に計算室に来たのは、いつだったっけ?
高二になってからも来たっけ? 高一のころ? 中学のころ? 思い出せない。
小学校の前半までは、父と一緒にゲームをするための部屋だった。いつゲームをやらなくなったんだっけ? そのころ使っていたコンピュータを今のものに取り換えたの、いつだったっけ?
あんまり覚えていない。記憶は、できるだけしないようにって、決めているから。見ることも聞くことも、感覚をなるべく薄くしてね。そうじゃないと、あたし、生きていられないから。
あたしが見たことのある計算室の情景は、ディスプレイの中に黒くて小さな部屋が映し出されている、それだけだった。
いつからディスプレイの中に彼がいたのか、わからない。でも、昨日とか今日とか、本当にごく最近からじゃないかなって、何となく思う。