アイトが小首をかしげて、あたしも顔をのぞき込んだ。
「何か考えごとをしていますか?」
「してないよ。アイトは、まだ訊きたいことがあるの?」

「はい。親子の一般的な会話では、子どもの学校のことがテーマになると聞いています。あなたは、学校を嫌っています。学校の話題を、両親との会話に出しますか?」
「出しません。絶対、話さない。話せるわけないよ。妖精持ちのせいで無視されてるなんて」

 どんなにイヤな目に遭わされても、ニーナを嫌いになったことはない。むしろ、自分自身より、ニーナのほうが好きだ。自由に飛び回って情感豊かなニーナがうらやましい。
 でも、妖精持ちっていう体質そのものは、理不尽だとしか思えない。
 あたしがこんな体質なのは、両親があたしを生んだせいだ。そう気付いた小学生のころから、両親がニーナに触れたりニーナを呼んだりするのが許せなくなった。

「おとうさんとおかあさんは、あたしにとって、同居してるだけって感じ。家族っていう枠組みがあるから、役割を演じるみたいに、同じ家で生活してるの」

 アイトが、あごをつまんで考え込む素振りをした。少し目を伏せると、まつげが頬に影を落とす。

「あなたの語る家族のイメージは、すっきりしませんね。しかし、似たような状況の家族は、二十一世紀の日本ではそれほど珍しくない、という情報にも触れました」
「あたし自身、すっきりしないけど、仕方ないもん。一人暮らししたい。今だって、どうせ半分は一人暮らしみたいな、親の帰りが遅い家なんだし」

「ですが、一人暮らしをするとなると、あなたはこの家を出るのでしょう?」
「そうだね」
「この部屋にあなたが来なくなるのは困ります。相手がいなくては、会話ができません」

 アイトのきれいな顔に切なさがにじんだように見えて、あたしはどきどきした。ニーナはピンク色にまたたいて、正直にアイトのほうへ吸い寄せられた。
 ニーナは、いつもアイトの視線をさらう。動くものと光るものには目を奪われると、アイトは言う。ニーナは動いて光るから、アイトにとっては、気になってしょうがない存在なんだって。

 ついついニーナのほうに手を伸ばすアイトの様子は、いつ見ても、きれいで神秘的だ。あたしの居場所もアイトの居場所も薄暗くて、ニーナだけが明るい色に光っている。そのふわりとした光に、ディスプレイの向こうのアイトが照らされている。

「ニーナはあたしの妖精で、つまりあたしの脳の一部らしいけど、全然違うよね。ニーナは嘘をつかない。我慢もしない。学校では机の中に入り込んで、じっとしたまま出てこないし。ずるいよね」
「こんなによく動くニーナが、学校では、じっとしているのですか? 妖精はつねに浮いて動いているものだと、検索結果に出ていましたが」

「うん、信じられないでしょ? でも、本当なんだよ。ニーナは、学校では飛ばない。移動教室のときなんて、無理やり引っぺがさないと、机の中から出てこないの」
「妖精が宿主の脳の一部なら、ニーナが閉じこもって飛ばないとき、つまり妖精の本質から外れる動きを取るときは、あなたの精神にも何か影響が出るのではありませんか?」

「出てるかもね。あたしも動きたくなくなる。体が冷えてくる。呼吸の数が少なくなって、まわりの雑談がすーっと聞こえなくなる。自分がどこにも存在しないような気持ちになる。暗い海に沈んでくみたいに感じる」