口を閉ざしたアイトは、しょんぼりしているように見える。知りたいというAIの本能にストップを掛けられて、つらいんだろう。
 そんな顔されてもな。嘘をついたらついたで、あたしの言葉には論理的な矛盾が増えてしまって、アイトに「それはおかしいです」って指摘されてしまうんだ。
 しょうがない。手短に、ちょっと話すかな。

「あたしは、おとうさんは嫌い、おかあさんは苦手。両親ともに、しゃべってて楽しい相手じゃないんだ。本当に仕事ばっかりの人たちだから」
「二人は、仕事のために、遠くまで通うのですか?」
「行かないよ。すごく近い。何で急にそんなこと訊くの?」
「通勤に長い時間を必要とする両親は、子どもとの時間を削ってしまい、家庭内で円滑な関係を築けないケースがあるそうです。検索しました」

 あたしはかぶりを振った。
「一ノ瀬家は、そういうんじゃないよ。だって、この家、大学のキャンパスの中に建ってるんだもん」

「大学のキャンパスとは、学生が学ぶための場所ではありませんか?」
「そうだね。でも、一ノ瀬家にとっては、おとうさんの仕事場であり、おかあさんに仕事場でもある。おとうさんは大学の教授で、おかあさんは大学附属病院の医師だから」

 フィーンと、アイトが鳴る。思考モードは短かった。
「検索しました。響告大学の中央キャンパスにある工学部に、プロフェッサ・イチノセの研究室があります。南キャンパスにある附属病院に、ドクター・イチノセの研究室があります。大学教員の居住エリアは、東キャンパス内に新設されました」

「大正解。よくできました。おとうさんもおかあさんも、職場まで徒歩五分か十分なんだ」
「家と職場が近いのは、ストレスの軽減に貢献する傾向があります」
「まあ、仕事人間のあの人たちにとっては、最高の環境かもね」
「よい環境に置かれた家なのですね」

 アイトは納得した様子でうなずいた。あたしは、ギュッと奥歯を噛みしめて、ぶちまけてやりたい文句を呑み込んだ。
 公私混同っていうんだっけ? 家と職場の境目がぐちゃぐちゃだ。形だけは、家に仕事を持ち帰らないルールにしているけれど、意味がないと思う。

 この家だって、やたらとハイテクできれいで仕掛けがいっぱいなんだけど、それは父やその研究仲間が、次世代型の一戸建てっていうことで、実験的に造ったものだからだ。
 そのことで、あたし、ちょっと聞いちゃった。
 実験的な家に住んでいるあたしたち一家を、マウスって呼んでいる人たちがいる。マウスは、実験動物のこと。バカにした言い方に、ザックリと、心がえぐられた気分になった。

 父も当然、その陰口を知っていた。母はあたしより後に聞いたみたいで、本気で怒っていた。父はのんきなものだった。あんな陰口は、おれにかなわんライバルどものいやがらせに過ぎないさ、って。
 研究の世界でも、功績のある人が足を引っ張られるようなことが、けっこうあるんだって。両親がそういう話でうなずき合うのを、あたしは、黙って聞いた。
 黙るしかないよね。大人になっても、どこにいっても、陰口みたいなのが付きまとうだなんて。そんなこと知らされたら、ほんと、うんざりする。