アイトは、いつの間にか思考モードを終えていて、あたしの言葉に小首をかしげた。

「あなたは みえていない ふりを されるの ですか」
「うん。まわりの人は、誰もあたしに声を掛けない。あたしと目を合わせない。先生たちでさえ、そんなふうだよ」

「それらが みえていない ふりを されていることの しょうこ なのですね」
「そうだね。ずっとそんな態度を取られてるとね、あたしはほんとにここに存在しないんじゃないかって思えてくる。自分が透明になってる気がしてしまう。ニーナも今は、学校ではおとなしいんだよ。全然飛ばないの」

 あきらめたんだ、あたしは。
 ある日、机の中で動かないニーナを見ていたら、急に気付いた。あたし、意地を張るのをやめたんだなって。怒ったり悲しんだりすること自体、もうしなくなったんだなって。

 妖精持ちというマイノリティだから、いじめるとか無視するとか、理不尽だ。昔は悔しくて、ふざけるなって思っていた。その気持ちをくみ取ったニーナが暴れてくれていたけど、今はもう、あたしは何も感じない。

「学校、やめたいの。将来なんて考えられないし。あたしって、この世に存在するだけで、他人の邪魔になるみたいなんだ。だったら、もう、いっそのこと存在していたくない」
 死にたいわけじゃない。消えたいだけ。学校以外なら、楽しい瞬間もある。別に、絶望に打ちひしがれたりはしていない。

「あなたは つらいの ですか」
「つらい、かな」
「ならば なぜ あなたは わらって いるの ですか」
「どうしようもないからじゃない? 親の前では、いじめのこと言いたくないし」

 アイトは、ゆっくり、首を左右に振った。
「あなたは うそを ついて います」
「嘘って言われれば、嘘かもしれないけど。じゃあ、どんな顔すればいいの?」
「ただしくないことを されて いるとき にんげんは おこるものだ と ききました つらいときには なみだを ながすものだ と ききました」

 あたしは、また笑えてきた。無表情なAIから、人間の感情について教わるなんて。
「怒ったり泣いたり、そんなふうに正直にやってうまくいくなら、苦労しないよ。怒ったり泣いたりなんてさ、むなしいだけ。誰も気にも留めない。あたしが疲れるだけ」

「おこることや なくことは つかれるの ですか」
「疲れる。自分の思いや考えに向き合うだけでも疲れるのに、それを表に出すって、すごくエネルギーがいる」
「わらうべきときでは ないのに わらうことは えねるぎーを ひつようと しないの ですか」
「楽だよ。顔だけ笑っとくことなんて、すごい簡単。何も考えなくていいから」

 アイトは少し黙っていて、それから、かぶりを振った。髪が、さらさらと、本物みたいに揺れた。

「やはり りかいが できません うそを ついたり ごまかしを したり することは せいじょうでは ありません」
「だったら、あたしはどうやったって異常だから、わかんないアイトは理解しなくていいよ」

 笑ったまま、尖った言葉を吐き出したら、ニーナがちかっと赤く光った。怒ったときの光方だ。
 ニーナは、あたしに突進した。そんなふうにされて、ようやく気付く。胸の中のどこでもない場所が、何だか、ずきずき痛い。

 アイトは一生懸命だ。人間というものを理解しようとして、あたしにたくさんの質問をぶつけてくる。そのアイトにちゃんと答えてあげないのは、アイトを傷付けることになるんじゃないかと気付いた。

「ごめんね、アイト」
「なぜ あやまるの ですか」
「理解しなくていいって言ったのは嘘だから」
「うそなの ですか AITOは りかいして よいの ですか」
「いいよ。ダメっていう権利は、あたしにはない」
「では せつめいして ください AITOは あなたの はつげんが つぎつぎと へんかすることについて りかいが おいついて いません」

 あたしの発言が次々と変化する。そんなふうに、アイトには見えるのか。