アイトが言葉をつぶやくのをやめた。
「りかい しました あなたが がっこうで なにを けいけんして いるのかを はなす ひつようは ありません」
「うん。わかってくれてありがとう」

「ひとつ ちがう しつもんを しても よい でしょうか」
「どんな質問?」
「あなたは なぜ いやだと かんじるの ですか なにを ではなく なぜ いやなのか おしえて ください」

 何を、というのは、具体的にどんないやがらせを受けているかを、という意味。なぜ、というのは、そもそもあたしがいやがらせを受ける理由。
 あたしは仕方なく、アイトに笑いかけて答えた。

「じゃあ、教えてあげる。妖精持ちの人間が、まともな学校生活を送れるわけがないの。それだけだよ」
「ようせいもちとは あなたのように ようせいを ともなう たいしつの にんげんの ことですね」

「うん。普通の人は妖精を持たない。でも、アイトに、あたしの妖精が普通じゃないって話、したことあったっけ?」
「あなたの ひかりに ついて けんさく しました じゅうぶんな じょうほうは えられません でしたが ようせいもちという とくいな たいしつが あることを しりました」

 知らないままでいいよ。アイトは、アイトの目に映るあたしとニーナだけ見てくれればいいの。余計な情報なんて、探し当ててくれなくていい。

「なぜか妖精がくっついてるってだけで、ただの人間なのにね、あたし。ちょっと勘が鋭いかなって、その程度」
「ようせいの ことを しらべようと すると ふぃるたーが かかって しまいます」
「いじめとか差別とか迫害とか、そういう記事が出てくるからじゃない? 特に日本では、妖精持ちに対しての風当たりが強いもん」

 アイトがまた、ささやきながら思考モードに入った。
 ニーナは、自分のことが話題になっているのが嬉しいらしくて、ピンク色にぴかぴかして、ディスプレイにくっつきながら飛んでいる。本当はアイトのそばに飛んでいきたいんだろうな。

 妖精って、何なんだろうね。何のためにいるんだろうね。
 あたしが赤ちゃんのころ、最初に覚えた言葉は「ニーナ」だったらしい。あたしは生まれつき、まるで双子の姉妹みたいにニーナと一緒だった。

 ふわふわ浮かびながら心臓のリズムで光る、妖精と呼ばれる球体を持って生まれるのは、現在では数万人に一人とも十数万人に一人ともいわれる。
 江戸時代までは、妖精持ちの人間のほうが多かったらしい。文明開化のとき、妖精持ちは未開人の証っていう風潮が起こった。妖精持ちはだんだん減って、昭和の高度経済成長期以降は完全にマイノリティだ。

 マイノリティっていうのは、絶対数が少ない人やそのグループのこと。
 体質や障害や病気や容姿の点で、マイノリティに属する人もいる。妖精持ちのあたしは、そういうタイプだ。ほかには人種、国籍、宗教、性指向。本当にいろいろ、マイノリティになり得る要素はある。

 マイノリティであることが、外見からはわからない人がいる。例えば、同性愛者は、隠し通せるタイプだと思う。
 あたしは隠せない。あたしのそばには、つねにニーナがくるくる飛び回っているんだから。バッグの中に入っててって言っても、子どもがじっとしていられないのと同じで、あたしより自由なあたしの方割れは、すぐに外に飛び出してしまう。

 幼稚園のころ、初めは、どうしてそのぴかぴかを持っているのか、さわっていいか、つかんでいいか、みんなに訊かれた。誰も怖がらず、興味津々で、あたしはちょっと得意だった。
 それがだんだん変わっていった。大人が「妖精には近付いちゃダメ」と言うせいだ。幼稚園を卒園するころには、あたしは誰からも声を掛けられなくなっていた。

 小学校の前半では、なかなか壮絶ないじめに遭った。持ち物を隠されたり壊されたり、机を落書きだらけにされたり、水や給食のスープを掛けられたり。
 実害があんまりひどかったから、ニーナが怒って暴走して、教室じゅうを荒らし回った。暴れるニーナはあたしの本心だったけど、あたし自身、止め方がわからなかった。

 学年が上がるにつれて、実害はなくなった。陰口は続いていたし、友達はできなかったけど、あたしとしては気楽になった。中学でも高校でも、ずっと変わらなかった。
 そうだよね。気楽になったんだけどな。陰口だけ。実害って、ないし。
 なのに、何がイヤなんだろう? 確かにイヤだと感じるのに。
 学校でのあたしって、どんな存在だっけ?

「あたしはここにいるのに、誰もが、あたしなんか見えてないふりをする」

 言葉にしてみて、自覚する。あたしが何を苦しいと感じているのか。
 あたしは、そこにいないことにされているんだ。「あの女」って、遠くにいる誰かを突き刺すような言い方を、同じ教室の中でされながら。