「ありがとう」

「どういたしまして」

 わたしが例を言うと松本くんは何事もなかったかのようにルーズリーフをファイルから一枚引きだした。わたしはもとの姿勢に戻る。

 なるほど、とわたしは心の中でつぶやいた。

 松本くんの声を初めて聞いたが、なかなか低くて太い、良い声をしているではないか。それに言葉づかいも女子に対するものとしては不自然でない。

 比べるのは失礼だが、あの小神なんかとはまったく声の質からして違うのだ。小神がその見た目通り神経質そうな声であるのに対し、松本くんの声は常にグラウンドで張り上げているのであろうことがよくわかる、たくましい声だ。

 愛想がいいかと、いうとそういうわけではない。だが決して悪いということもない。そんな応じ方だった。

 授業中教師に指名されて音読でもさせられればいいのに、と思いながら座っていたが、結局彼は一度も当てられずに五十分が過ぎてしまった。